Neurological Surgery 脳神経外科 47巻3号 (2019年3月)

「死の谷」を越える 髙橋 淳
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 1989年,京都大学脳神経外科の大学院に戻ってテーマを選ぶ際,当時の菊池晴彦教授から「これからは再生医療が大事です.君には神経再生の仕事をしてもらいます」というお言葉をいただき,「神経再生」との付き合いが始まった.当時「神経再生」はまだSFの世界であったが,菊池先生の慧眼により素晴らしい機会をいただけたと感謝している.その後も留学先の米国ソーク研究所(Fred Gage研究室)では,成体脳由来神経幹細胞研究の黎明期に立ち会い,京都大学に戻ってからは,ヒトES細胞の樹立,ヒトiPS細胞の樹立を目の当たりにすることができた.米国では「Right time, right place」というフレーズをよく耳にしたが,まさにそういう機会に恵まれたことは僥倖であった.

 20年間脳神経外科医として働いたのち,京都大学再生医科学研究所,さらにはiPS細胞研究所に移り,iPS細胞を用いたパーキンソン病治療を目指すことになった.iPS細胞発見の鍵となった「体細胞からES細胞をつくる」という戦略の根拠は,体細胞にも遺伝子はすべて残っているというJohn Gurdon卿の発見であった.周知の通り,下等生物は再生能力が高く,自律的な自己組織再生が可能である.ヒトでは皮膚や腸など一部の細胞に新陳代謝がみられるものの,自己組織再生能力は極めて低い.しかし,体細胞にもすべての遺伝子があるという事実は,自己再生能力の名残であり可能性でもある.治癒とはそもそも自己組織修復であり,「神経再生」とは神経回路の再構築と定義され得る.iPS細胞では体細胞に残されたすべての遺伝子が解き放たれ,細胞レベルでは自己再生能力を再獲得したのだ.

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Ⅰ.はじめに

 われわれが“高齢者”という場合,通常は75歳以上の後期高齢者を指すことが多い.内閣府による平成30年版高齢社会白書によると,現在,後期高齢者は1,748万人,総人口に占める割合は13.8%といわれ,その数は年々増加している.このように本邦は世界一の超高齢社会を迎えるとともに,高齢者脊椎変性疾患は増加の一途をたどっており,特に腰椎変性疾患はその頻度やADLに与える影響から,脊髄脊椎外科医にとって最も重要な疾患といえる.平成28年度国民生活基礎調査では,国民の自覚症状として最も多いのは腰痛で,国民の約10%にみられる.これは日常生活において最も大きな可動性を有し,メカニカルストレスにさらされる部位の加齢変化が基盤となっており,すなわち腰痛に代表される腰椎変性疾患は決して特殊な病態ではなく,加齢とともに誰にでも起こり得る必然の病態なのである1)

 そのような“病気”ではなく,“加齢変化”に伴う神経症状や画像所見を有する患者に対しては,患者の社会的背景・患者や家族の希望・症状出現前のADL・併存疾患・内服薬・身体的予備力など,高齢患者ならではのさまざまな因子を総合的に考慮して,適切な治療適応と手段を提示する必要がある.われわれは,予防医療や内科治療の進歩,健康意識の高まりから,より良好なADLを求める高齢患者にどのような治療の選択肢を提供できるだろうか? また,手術治療を選択した場合には,治療すべき責任病変の同定と病態の把握をどのように行い,どの手術手技を用い,どの範囲まで治療し,どこに治療目標点をおくべきだろうか? このような壮大なテーマの答えは容易に出るものではなく,正しい答えは存在しないであろう.しかし,答えは存在しなくても,そこには一貫した哲学が必要である.

 本稿では,日本脳神経外科学会第76回学術総会のコントロバーシーセッション[脊椎・脊髄]を企画し,司会を務めさせていただいた経験と,私自身が臨床現場で得た知見から,本疾患に対する私なりの治療方針・哲学について,手術治療に焦点をあてて提示したい.

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Ⅰ.はじめに

 2018年の総務省統計局調査では,わが国の総人口に占める65歳以上の高齢者人口の割合(高齢化率)は28%を超えただけではなく,75歳以上の高齢者人口の割合も14.2%で,人口の7人に1人が75歳以上とすでに超高齢社会へと突入している.また国立社会保障・人口問題研究所の推計によると,2040年には高齢化率は35.3%になると見込まれており,わが国は世界中のどの国も経験したことのない“超々高齢社会”を迎えようとしている.

 超高齢社会となった現在,保存的,外科的治療にかかわらず,われわれ脊椎外科医が高齢者の腰椎変性疾患あるいは脊柱変形を治療する機会は確実に増加している.さらには高齢者に対する内科的治療の進歩や高齢者のQOL意識の高まり,自立した高齢者を望む家族や社会のニーズなどから,外科的治療を望む高齢者も増加している.

 一方で,脊椎脊髄疾患を取り巻く治療概念や治療方法もこの10年で大きく変わってきた.運動器疼痛や神経障害性疼痛に対する新しい薬物治療,テリパラチド,デノスマブなどの骨粗鬆症治療のさらなる進歩,骨盤を含めたグローバルな脊柱矢状面アライメントの理解,脊椎脊髄内視鏡手術の普及,脊椎インストゥルメンテーション手術の進歩,経皮的椎弓根スクリュー(percutaneous pedicle screw:PPS)や側方経路腰椎椎体間固定(lateral lumbar interbody fusion:LLIF)などによる脊椎固定術の低侵襲化,pedicle subtraction osteotomy(PSO)やvertebral column resection(VCR)などの各種骨切り術の普及,術中3Dイメージ装置やナビゲーションシステムなど先端的脊椎手術支援機器の発展などが,高齢者の腰椎変性疾患や脊柱変形の治療に対しても多くのメリットをもたらし,治療適応も広がり,治療成績も向上してきた.

 しかしながら内科的疾患を有し,骨粗鬆症による骨脆弱性を伴った高齢者の腰椎変性疾患や脊柱変形に対する手術治療は,いまだにその適応や治療方法などが確立されているとはいえず,どのような症例にどこまで矯正すべきかを明確に判断することはできない.PSOやVCRなどの骨切り術により,高度な後側弯や矢状面バランス不良に対しても効果的な矯正が得られ,その手技も標準化されてきたものの,高齢者にとって骨切り術の手術侵襲度は決して低いとはいえない.また,PPSやLLIF,ナビゲーションなどを用いて脊椎固定術の低侵襲化はなされてきたが,合併症が有意に低減したというエビデンスはなく,高齢者にとって安全な治療法になったわけではない.内科的治療が進み,骨粗鬆症治療も進歩したとはいえ,周術期合併症と骨粗鬆症の制御こそが,高齢者の腰椎変性疾患や脊柱変形矯正手術の治療成績を決定づけるといっても過言ではない.本稿においては,高齢者の腰椎変性疾患,特に成人脊柱変形に対する治療の適応と限界について概説する.

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Ⅰ.はじめに

 脳動脈瘤に対して初めてネッククリッピングが施行されてから約50年が経過し,Guglielmi detachable coil(GDC)が開発され,わが国で使用可能となってから約20年が経過した.ネッククリッピングには根治性の高さという利点があり,瘤内コイル塞栓術には脳深部へのアプローチの容易さと低侵襲性という利点があるが,いずれの治療法をもってしても大型動脈瘤の治療は困難である.内頚動脈瘤でネッククリッピング,瘤内コイル塞栓術のいずれもが困難な場合には,直達手術あるいは血管内手術によって動脈瘤のトラッピング,あるいは頚部内頚動脈結紮/閉塞が選択され,バイパス手術との併用,または単独で行われてきた.そのような中,脳動脈瘤に対する新たな血管内治療としてflow diverter(FD)治療が2015年より本邦で可能となった13,15)

 本稿では,FDの登場によって選択肢が増えた大型内頚動脈瘤治療のコントロバーシーについて総説する.

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Ⅰ.はじめに

 脳卒中の発症の実態(発症率など)を明らかにするためには,特定の集団内で発症した脳卒中を把握する地域疾患登録を行う必要がある.発症率などを報告しているわが国の研究としては,久山研究などのコホート研究や,地域脳卒中登録として秋田県での研究や喜多らが実施している高島循環器疾患登録研究などがある.

 地域脳卒中登録においては,特定の集団内で発症した脳卒中をなるべく漏れがないように登録する必要があり,その集団が大規模であるほど,悉皆性を高くすることは困難となり,非常に多くの労力を要する.また,脳卒中登録に関わる医療機関が多いほど,脳卒中の診断基準にばらつきが生じ,正確に把握することが困難となる.筆者らは,脳卒中発症についてなるべく同じ診断基準で定義することと,悉皆性を十分に担保することを目的として,悉皆性の高い地域脳卒中登録である高島循環器疾患登録の手法をもとにして,2012年から滋賀県脳卒中登録を開始した.本稿では,近年の脳卒中発症の実態を明らかにすることができた滋賀県脳卒中登録の成果を中心として概説する.

解剖を中心とした脳神経手術手技

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Ⅰ.はじめに

 覚醒下手術は,腫瘍外科・てんかん外科を中心に現在普及期にあり,本邦では既にガイドライン4)・健康保険上の加算などが整備され,年々本手術を採用する施設が増加している.覚醒下手術は,個々の患者にとって重要な脳機能を温存しつつ,その範囲において病的な脳領域を切除する取り組みであり,その目的は,術中覚醒状態によって得られる術中の機能情報に基づいて,切除領域を決定したり,皮質の進入経路を判断したり,「切除コントロール」を行うことにある.近年普及している運動誘発電位など各種の術中の電気生理学的モニタリングと大きく異なる点は,一次機能野が担当する基本的な機能だけでなく,言語などさらにより高次の機能を評価できることにある.高次の脳機能を温存するためには,各種の一次機能野の温存はもちろんのこと,複数の関連する連合野と,これらを結びつける基盤的白質の温存に努める必要がある.また,こうした複数の連合野からなる機能のネットワークは,一次機能野に比べて個人差が大きく,かつ可塑性に富んでいるため,特に緩徐進行性の浸潤性病変においては,機能野の再編成が起こることも稀ではない.こうした背景から,言語など,より高次の脳機能の温存と最大限の切除を考える上では,術中に覚醒状態において機能を直接評価できる覚醒下手術は有効な手術法といえる.

 覚醒下手術は,大脳の機能野に対する手術であり,麻酔・手術法の総論的事項や手術手技の習熟だけでなく,脳機能とその神経基盤に関する知識を持つことが極めて重要である.脳機能,例えば「言語」といっても,音声言語(話す・聞く)・文字言語(読み・書き)の2つの異なる側面がある.さらに音声言語においても,音韻的側面や意味的側面,発話面や理解面などさまざまな側面がある.実際の手術においては皮質だけでなく,白質についても評価が必要であり,限られた時間の中でこうした多様な機能を適切な場所・状況で適切に評価することは必ずしも簡単ではなく,これを行うには脳と機能に関する知識が欠かせない.

 本稿では音声言語を対象として,覚醒下手術を行う上で必要な神経心理学的モデルと,想定される神経基盤について解説し,これに引き続いて音声言語を対象とした覚醒下手術の実際について,筆者らの経験を交えて解説する.誌幅の制約により覚醒下手術の基礎的事項については割愛する.なお,本稿で紹介する言語に関するモデルは,あくまでも発展途上にあり,不完全なものであるが,これまでに積み重ねられた「障害学」に基づくこれらの知識は,臨床の実践の場で重要なツールとなる.たとえ不完全であっても1つのモデルを学習することで,個々の経験を参照し考えるための土台となり,将来の新しい知見・新たな見方に気づくための「叩き台」にもなると信じている.

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Ⅰ.はじめに

 脳動脈瘤のクリッピング術において,動脈瘤および親動脈の同定に必要かつ十分な術野を得るためには,術中早期から動脈瘤の位置を予測できることが望ましい.しかし,遠位部前大脳動脈瘤では,早期に動脈瘤の位置を正確に予測し,最短距離でアプローチすることが時に困難である.その理由として,①発生する部位や形状などが多岐にわたる,②指標となる構造物が少なく,かつ深部に存在する,③破裂脳動脈瘤が前頭葉に血腫を形成し,偏位することがある9,13),④遠位部前大脳動脈瘤の頻度が2.0〜6.7%と低く10),1人の術者が多くの手術を経験することは難しい,といったことが挙げられる.

 そこでわれわれは,遠位部前大脳動脈瘤の手術において早期に動脈瘤の位置,親動脈との位置関係を把握するために,カラードップラーエコーを使用している.本稿ではその有用性について検討し報告する.

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Ⅰ.はじめに

 2016年に改訂された新しいWHOの脳腫瘍分類では,solitary fibrous tumour(SFT)とhaemangiopericytoma(HPC)は共通の遺伝子変異をもつことから同一の腫瘍entity(SFT/HPC)となった.組織型によりSFT phenotype,HPC phenotypeに分類され,HPC phenotypeは核分裂像の数によりgrade Ⅱ,またはgrade Ⅲ(anaplastic)に分類される6).2004年の報告によると,HPCの局所再発や遠隔転移までの平均期間は,それぞれ47カ月,99カ月であり8),転移までには一定の期間を要する.今回われわれは,頭蓋内発生のSFT/HPC WHO grade Ⅲに対して外科的切除術を行ったが,術後早期に再発し脾臓転移を来した1例を経験したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 脊髄奇形腫は全脊髄腫瘍の0.2〜0.5%とされる稀な腫瘍である3-5,13).脊髄奇形腫が胎生早期に発生した場合,その発生過程により神経管癒合不全を高い頻度で合併すると報告されている12).新生児例においては,脊髄髄膜瘤などの神経管癒合不全として手術を行い,術後標本の病理学的所見から後方視的に奇形腫の併存であると確定診断された症例も散見される6).緊急手術を要さず手術を待機している神経管癒合不全においては,その成長過程で脊髄奇形腫の合併が画像診断されることはあるが,新生児期に緊急手術を要する場合は,新生児という条件があり,術前の画像検査で奇形腫の合併を診断できることは稀である.

 今回われわれは,先天性皮膚洞を合併した脊髄未熟奇形腫の1新生児例を経験した.本症例では,先天性皮膚洞より髄液漏を認めたため緊急手術を要したが,術前画像診断で脊髄未熟奇形腫の存在を確認していた.本報告では,本病態に対する治療方針を中心に,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 動眼神経麻痺はさまざまな要因で生じるが,頭痛,頚部痛を伴う突然の動眼神経麻痺は,同側の内頚動脈瘤切迫破裂を示唆する所見として知られており,早急な対応,治療が求められる.今回われわれは,突然の動眼神経麻痺を契機に指摘された,対側の内頚動脈瘤破裂によるくも膜下出血の1例を経験したため,文献的考察を加え報告を行う.

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Ⅰ.はじめに

 側頭頭頂後頭葉離断術(posterior quadrantectomy:PQ)は,2007年にDanielらが報告1)して以降,広汎な一側の大脳半球に焦点を有する難治性てんかんに対して,機能を温存しつつ焦点を離断できるため,徐々に適応が広がってきている.

 今回われわれは,右側頭葉から後頭葉にかけての皮質形成異常に起因した難治性てんかんを有する線状脂腺母斑症候群(linear nevus sebaceous syndrome:LNSS)の小児例に対し,PQを施行した1例を経験したのでこれを報告する.

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Ⅰ.目  的

 言語野近傍に発生した脳腫瘍の摘出に際しては,機能温存と摘出による二次的神経障害の予防を目的として,開頭覚醒下で脳表を実際に刺激して脳機能マッピング(以下,術中言語野マッピング)が行われている.本邦でも2013年に「覚醒下手術ガイドライン」が定められ,多くの施設で実施されるようになった7).一方で,患者の神経症状や個々の望む機能的予後は多岐にわたるため,ガイドラインに示される典型的な言語課題だけでは対応することが難しい.今後,さまざまな症候や患者の希望に高い精度で対応するためには,課題の「オーダーメイド」化が必要となる.術中言語野マッピングの精度を高めるためには,患者の理解と協力はもとより,執刀医を中心に,覚醒のコントロールや全身管理を行う麻酔科医と連携し,術中の脳波モニタリング,術中および周術期の神経心理学的評価とそれに基づいた幅広い課題の準備が必要となる1).一方で,準備する課題の多さに比例して,マッピング中に生じるさまざまな課題の操作や入れ替えなどの作業量も多くなり,円滑なマッピングの妨げともなりかねない.

 今回われわれは,これらの課題解決に資するべく,術前評価から実際の術中言語野マッピングまで一貫して使用・管理し得るプラットフォーム的なソフトウェアの開発を試みた.情報通信技術(information and communication technology:ICT)を活用して,状態変動に柔軟に対応し,課題を1つのタブレットで集中的に制御することで,課題の展開や記録をより客観かつ簡便化する(本論文では「一元管理化」と表現する)ことを試みたので報告する.

連載 臨床研究の知識update

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Ⅰ.はじめに

 2018年4月に臨床研究法が施行され,わが国における臨床研究をめぐる環境が大きく変化している.臨床研究法成立のきっかけの1つであるいわゆる「ディオバン事件」では,その問題の中心に利益相反管理があったため,臨床研究法下の研究では利益相反管理に新たな枠組みが作られた.その結果,臨床研究に携わる医師はすべからく利益相反に関する知識をupdateする必要に迫られている.

 産学連携による医学系研究は,新規診断法や治療法,予防法の開発ならびに実用化に大きく貢献してきた.しかし,大学などの研究組織や研究者個人と営利企業との連携の機会が増えるほど,教育・研究という学術機関としての社会的責任と,産学連携活動に伴い生じる金銭・地位・利権などの利益が衝突・相反する状態が不可避的に発生する.こうした状態が利益相反(conflict of interest:COI)と呼ばれ,被験者保護の観点や研究の信頼性の観点から,ときに社会問題化している1,11).ディオバン事件が大々的に報道されたことや,テレビドラマで臨床研究に絡む汚職や不正が臨場感をもって放映される(「下町ロケット(TBS系列,2015年)」,「ブラックペアン(TBS系列,2018年)」)など,一般市民が臨床研究に対してもつ疑念は相当レベルに達していることに,われわれ研究者は危機感を抱いたほうがよい.

 一方で,上述のように利益相反は産学連携活動に伴い不可避的に発生するものであり,利益相反状態にあること自体は何ら咎められることではない.利益相反がないことは研究者の倫理性が高いことを意味しないし,利益相反が多いことはむしろ研究者の能力の高さを示す指標であるとさえ言える.したがって,利益相反に関する透明性を確保することで社会における疑念を晴らし,また被験者保護や研究の信頼性を高める観点から利益相反を適切に管理することこそが求められていると言えよう.

 臨床研究の倫理的原則であるヘルシンキ宣言(改訂版2013年)17)において,第22条では「(研究)計画書は,資金提供,スポンサー,研究組織との関わり,起こり得る利益相反(中略)の条項に関する情報を含むべきである」とし,第26条では「被験者候補は,目的,方法,資金源,起こり得る利益相反,研究者の施設内での所属(中略)について十分に説明されなければならない.被験者候補は,いつでも不利益を受けることなしに研究参加を拒否する権利または参加の同意を撤回する権利があることを知らされなければならない」とされている.これらの条文では,研究の倫理審査と被験者のインフォームド・コンセントにおいて,利益相反に関する情報公開が欠くべからざるものであることが示されている.また,第36条では,「資金源,組織との関わりおよび利益相反が,刊行物の中には明示されなければならない.この宣言の原則に反する研究報告は,刊行のために受理されるべきではない」とされ,成果報告時に利益相反に関する情報公開を行うことが,研究者のみならず学会や出版社などの発信元にも求められている.

 本稿では,まず被験者保護の観点からゲルシンガー事件を振り返り,また研究の信頼性の観点からディオバン事件を振り返ることとする.最後に,それらの観点から,臨床研究法下で求められている利益相反管理のあり方について議論する.

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「読者からの手紙」募集

お知らせ

略語および度量衡単位について

次号予告

編集後記 高安 正和
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 2008年に本誌の編集委員を拝命し,早くも11年が過ぎました.私事になりますが,私は,この3月をもって愛知医科大学を定年退職いたしますので,これが最後の編集後記となります.この間,「脳神経外科」の編集業務に関わる幸運をいただき,大変貴重な経験をさせていただきました.皆様に感謝すると同時に,本誌のますますの発展をお祈りいたします.

 3月号の「扉」は京都大学iPS細胞研究所の髙橋淳先生が,「『死の谷』を越える」というタイトルで執筆されています.先生は現在,iPS細胞のパーキンソン病患者への応用という世間の大きな注目を集めているテーマに取り組まれていますが,基礎研究の成果を社会で実用化するために越えなければならない「死の谷」についての興味深い見解を述べられています.さて,今回の特別寄稿「脳神経外科コントロバーシー2019」は,高齢者の腰椎変性疾患,成人脊柱変形については脳神経外科と整形外科の立場から,また大型内頚動脈瘤については血管内治療と直達手術の立場から,大変興味深い寄稿をいただきました.「総説」では地域脳卒中登録の意義と滋賀県での現状についての詳細なデータを提示していただきました.また,「解剖を中心とした脳神経手術手技」では覚醒下手術における言語機能のモニタリングについて,言語の一次機能野,連合野,基盤的白質の温存という観点から,実際の症例を交えて解説していただきました.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
47巻3号 (2019年3月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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