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Ⅰ.はじめに
覚醒下手術は,腫瘍外科・てんかん外科を中心に現在普及期にあり,本邦では既にガイドライン4)・健康保険上の加算などが整備され,年々本手術を採用する施設が増加している.覚醒下手術は,個々の患者にとって重要な脳機能を温存しつつ,その範囲において病的な脳領域を切除する取り組みであり,その目的は,術中覚醒状態によって得られる術中の機能情報に基づいて,切除領域を決定したり,皮質の進入経路を判断したり,「切除コントロール」を行うことにある.近年普及している運動誘発電位など各種の術中の電気生理学的モニタリングと大きく異なる点は,一次機能野が担当する基本的な機能だけでなく,言語などさらにより高次の機能を評価できることにある.高次の脳機能を温存するためには,各種の一次機能野の温存はもちろんのこと,複数の関連する連合野と,これらを結びつける基盤的白質の温存に努める必要がある.また,こうした複数の連合野からなる機能のネットワークは,一次機能野に比べて個人差が大きく,かつ可塑性に富んでいるため,特に緩徐進行性の浸潤性病変においては,機能野の再編成が起こることも稀ではない.こうした背景から,言語など,より高次の脳機能の温存と最大限の切除を考える上では,術中に覚醒状態において機能を直接評価できる覚醒下手術は有効な手術法といえる.
覚醒下手術は,大脳の機能野に対する手術であり,麻酔・手術法の総論的事項や手術手技の習熟だけでなく,脳機能とその神経基盤に関する知識を持つことが極めて重要である.脳機能,例えば「言語」といっても,音声言語(話す・聞く)・文字言語(読み・書き)の2つの異なる側面がある.さらに音声言語においても,音韻的側面や意味的側面,発話面や理解面などさまざまな側面がある.実際の手術においては皮質だけでなく,白質についても評価が必要であり,限られた時間の中でこうした多様な機能を適切な場所・状況で適切に評価することは必ずしも簡単ではなく,これを行うには脳と機能に関する知識が欠かせない.
本稿では音声言語を対象として,覚醒下手術を行う上で必要な神経心理学的モデルと,想定される神経基盤について解説し,これに引き続いて音声言語を対象とした覚醒下手術の実際について,筆者らの経験を交えて解説する.誌幅の制約により覚醒下手術の基礎的事項については割愛する.なお,本稿で紹介する言語に関するモデルは,あくまでも発展途上にあり,不完全なものであるが,これまでに積み重ねられた「障害学」に基づくこれらの知識は,臨床の実践の場で重要なツールとなる.たとえ不完全であっても1つのモデルを学習することで,個々の経験を参照し考えるための土台となり,将来の新しい知見・新たな見方に気づくための「叩き台」にもなると信じている.
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