扉
「死の谷」を越える
髙橋 淳
1
1京都大学iPS細胞研究所
pp.259-260
発行日 2019年3月10日
Published Date 2019/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1436203931
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1989年,京都大学脳神経外科の大学院に戻ってテーマを選ぶ際,当時の菊池晴彦教授から「これからは再生医療が大事です.君には神経再生の仕事をしてもらいます」というお言葉をいただき,「神経再生」との付き合いが始まった.当時「神経再生」はまだSFの世界であったが,菊池先生の慧眼により素晴らしい機会をいただけたと感謝している.その後も留学先の米国ソーク研究所(Fred Gage研究室)では,成体脳由来神経幹細胞研究の黎明期に立ち会い,京都大学に戻ってからは,ヒトES細胞の樹立,ヒトiPS細胞の樹立を目の当たりにすることができた.米国では「Right time, right place」というフレーズをよく耳にしたが,まさにそういう機会に恵まれたことは僥倖であった.
20年間脳神経外科医として働いたのち,京都大学再生医科学研究所,さらにはiPS細胞研究所に移り,iPS細胞を用いたパーキンソン病治療を目指すことになった.iPS細胞発見の鍵となった「体細胞からES細胞をつくる」という戦略の根拠は,体細胞にも遺伝子はすべて残っているというJohn Gurdon卿の発見であった.周知の通り,下等生物は再生能力が高く,自律的な自己組織再生が可能である.ヒトでは皮膚や腸など一部の細胞に新陳代謝がみられるものの,自己組織再生能力は極めて低い.しかし,体細胞にもすべての遺伝子があるという事実は,自己再生能力の名残であり可能性でもある.治癒とはそもそも自己組織修復であり,「神経再生」とは神経回路の再構築と定義され得る.iPS細胞では体細胞に残されたすべての遺伝子が解き放たれ,細胞レベルでは自己再生能力を再獲得したのだ.
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