Neurological Surgery 脳神経外科 47巻2号 (2019年2月)

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 人間の脳神経は,自然という神様が創った最高に美しい機能美を有する.しかし,その裏側は,多くの無駄なことのtrial and errorの蓄積と自然淘汰が延々と繰り返された結果の集積である.当然のことながら,現在では使われていない分子や機能は,遺伝子の海の中に静かに眠っている.神経再生の過程を詳細に研究し,メカニズムを解析していく過程は,まさに自然の発する美しい声を聞くことであり,次第に脳神経組織そのものに対する概念が大きく変わってくる.

 神経再生の研究をしていると,予想外の発見が次から次へと押し寄せてくる.医学部で学んだ教科書的な事項,臨床医としての経験から得られた知識や知見,当たり前のこととして信じていたことが,実は全然違っていた,という具合である.脳神経外科医が扱う疾患の病態生理学においても,これまでの定説とはかけ離れている,という経験を幾度もする.

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Ⅰ.はじめに

 皆さんは,外視鏡(exoscope)1,2,4-14,16-18)手術をご存じだろうか? 筆者がこの外視鏡手術に初めて触れたのは,2007年にドイツのMainz大学に留学したときであった.内視鏡手術は,ご存じのように,小さい術野から内視鏡を患部に挿入し,モニターを確認しながら行う手術である.一方,外視鏡手術は,顕微鏡手術の代わりとなるもので,カメラを術野上方に固定し,モニターを見ながら行う手術である.筆者は留学中に恩師であるPerneczky教授から「今からの時代は顕微鏡手術から内視鏡手術への移行期があり,その後外視鏡手術時代が訪れる」,と教わったことがある.今から考えれば,現在がその鏡視下(内視鏡・外視鏡)手術への移行期と思われる.さらに近未来は,ゴーグルにカメラとモニターが搭載され,術者はゴーグルを着けただけで狭い術野を拡大し,手術を行うことができるようになりそうである.

 とは言え,30年以上にわたり顕微鏡で手術を行い,20年にわたり鏡視下手術に携わり,両者の利点・欠点を痛感してきた筆者からすれば,顕微鏡手術が完全になくなるとは思えないが,その比重は鏡視下手術が優位となることは必然であろう.本稿では,顕微鏡,鏡視下手術の歴史に触れ,それらの使い分けと,他科との兼ね合いから垣間見える今後の動向について解説したい.

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Ⅰ.手術法の変遷

 下垂体およびその近傍疾患に対する外科治療は,開頭術(transcranial surgery:TC)と経蝶形骨洞手術(transsphenoidal surgery:TSS)に大別される.どちらの方法も,20世紀初頭にはその基本的な手術手技が確立されたが,手術成績・合併症率ともにTCが優れ,1930年以降はTCが主流となった.この流れを変えたのが,パリ大学のGuiotであり,術中X線透視を導入して術中オリエンテーションが良好となることで,より安全にTSSによる腫瘍の切除が可能となった.さらにモントリオール大学のHardyがこれに手術用顕微鏡を導入して,手術野が深くて狭いという問題点を克服し,同時に正常下垂体を温存して腫瘍のみを選択的に切除することも可能となり,1960年代後半には顕微鏡下経蝶形骨洞手術(microscopic TSS:mTSS)は下垂体腫瘍の標準的外科治療法として一気に世界に広まり,今日に至っている4)

 これに対して,下垂体腫瘍に対する内視鏡の歴史は,1960年代にGuiotらが手術終了時に鞍内の観察に内視鏡を用いたのが最初であり15),その後,南カリフォルニア大学のApuzzoらは内視鏡を顕微鏡下の経鼻手術の際のassistとして使用し始めた3).そしてピッツバーク大学のJhoは,同大学の耳鼻咽喉科医であるCarrauらの協力を得て,内視鏡を主体とした経鼻的外科治療を考案し,今日では内視鏡下経蝶形骨洞手術(endoscopic endonasal TSS:eTSS)が世界的に普及している5,16)

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Ⅰ.はじめに

 低悪性度神経膠腫は20〜40代に多く発生し,脳内に浸潤性に進展する腫瘍であり,Nakamuraらの統計報告と脳腫瘍全国集計調査(脳腫瘍全国統計)から推測すると,発生頻度は100万人に6.3人程度と非常に稀である2,47).前世紀までは,「良性グリオーマ」と呼ばれ,主に「経過観察」が行われていたが,最近では手術で可能な限り腫瘍を摘出する,という方針が一般的になっている.しかしながら,手術でどこまで摘出すべきか,術後の放射線療法,化学療法は必要なのか,どのタイミングでどのような治療を行うべきなのか,他に有効な治療はないのかなど,いまだ標準治療は確立されていない.また,2016年に改訂されたWorld Health Organization(WHO)脳腫瘍分類において神経膠腫診断に遺伝子診断が必須となり,今後は遺伝子診断に基づいた治療方針が確立されていくと考えられる.本稿では,WHOグレード2神経膠腫の治療戦略に関して,これまでの経緯,現状および今後の展望を述べる.

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Ⅰ.はじめに

 神経線維腫症2型(neurofibromatosis type 2:NF2)は,両側聴神経腫瘍を主徴とする常染色体優性遺伝疾患であり,発生率は25,000〜40,000人に1人と報告されている2,3,7,8,30).約半数は遺伝性,他は体発生時の突然変異であり,人種差は認められない7,30).責任遺伝子は第22番染色体長腕(22q12)に存在するNF2遺伝子であり,この遺伝子がつくるmerlinは腫瘍抑制因子として働くと考えられているが2,3,7,8,30),このmerlinの機能異常により,NF2患者の多くは30歳までに両側性聴神経腫瘍を発症し,その他に三叉神経鞘腫などの頭蓋内神経鞘腫,脊髄神経鞘腫,髄膜腫や脊髄上衣腫を伴うことが多い7)

 多くの患者が若年で両側性に聴神経腫瘍を発症し,齋藤ら30)の全国調査においてもQOL低下の最たる原因は聴力障害(約90%)と報告されている.その他の多発する腫瘍に対して手術加療が必要となることも多いが,殊に聴神経腫瘍に対しては,腫瘍制御と聴力の長期温存に重点をおいた,孤発性の聴神経腫瘍とは異なる慎重な治療方針の選択が要求される.本稿では筆者らのこれまでの治療経験を報告し,文献的考察を交えつつ,外科治療の立場から現状での筆者らの治療方針を紹介したい.なお,聴神経腫瘍の手術手技やモニタリング法に関しては,他書を参照されたい11-15)

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Ⅰ.はじめに

 これからの医療システム(医療機器)には,いつでもどこにいても一定品質の医療(外科治療)を提供することが求められている.人工心臓「エヴァハート(EVAHEART®)」をつくる際に工学的な協力をした早稲田大学梅津光生教授は,EBM(evidence based medicine)に対し,もう1つのEBM(engineering based medicine)として医工融合があると主張している24).医工融合を実現するためには,「医」と「工」が最初のアイデアの段階からすり合わせを行い,臨床現場でのアウトプットを最大化することが重要である.最終的には患者・家族,医療従事者,研究・開発者に感動を提供できなければ医工融合とはいえない.そして未来医療の現場は,医工融合によるナノテクノロジー,バイオテクノロジーなどの先端医療技術の集大成によって実現できると考えられている.それらは,すべて理工学を駆使した技術がベースとなっている.すなわち,もう1つのEBMである.

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Ⅰ.はじめに

 脳神経外科手術において,右前頭葉病変は後方の運動機能領域に留意する以外は比較的アクセスしやすく,摘出術後の重篤な合併症が少ないと認識されている.それは経験的に,右前頭葉の,特に中心前溝より前方の脳をある程度損傷しても,日常生活に支障を来す合併症に直結しないからである.また,右前頭葉機能が長らくブラックボックスであったことにも起因する.右前頭葉は,運動機能を有する以外は主に高次脳機能を担っており,その詳細な機能局在やネットワークについての知見が近年蓄積されつつある21,30,40,43,44,69).これまで高次脳機能障害は客観的な指標による評価が難しく,障害とみなしにくい歴史があった.しかし,社会生活を行う上で,明らかに大きな障壁となることから,社会的にも認知度が高まり注目されている.

 このような背景の中で,生存期間の延長を目標としてきたグリオーマに対する脳神経外科医療をさらに上の段階へ押し上げるには,生存期間の延長のみならず,高次脳機能を温存し,患者のquality of lifeの維持を目標にした手術を計画することは必然的な方向性であると考える.本稿では,右前頭葉の解剖と機能局在を概説し,同病変に対して高次脳機能を温存する覚醒下手術の方法を詳述する.

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Ⅰ.はじめに

 脳出血患者における深部静脈血栓症(deep venous thrombosis:DVT)の発生率は8.8〜40.4%と高く6,10),脳出血はDVTおよび急性肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)の独立した危険因子である.PTEは亜区域枝よりも中枢側の閉塞がある場合には致死的となり得るため15),脳出血患者においてもその予防は必須であるが,脳出血急性期には抗凝固療法導入による再出血や血腫増大の懸念から,DVTを認めた場合であっても抗凝固療法導入がためらわれることが多い.われわれは,脳出血患者において定期的にD-dimerを測定することでDVTの早期スクリーニングを行い,DVTを認めた症例では脳出血急性期であっても十分な血圧管理下に抗凝固療法によるPTE予防を行う治療方針をとっている.今回,当科に入院した脳出血患者250例を後方視的に解析し,DVTおよびPTEの危険因子を明らかにするとともに,脳出血急性期における抗凝固療法導入によるPTE予防の有効性および安全性を検証した.

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Ⅰ.はじめに

 副鼻腔炎に合併する頭蓋内感染症,特に硬膜下蓄膿(膿瘍)は,画像診断の向上と抗菌薬の発達した近年においても,重篤な後遺症を生じ,致死率も高い.そのため,迅速な診断と的確な治療が必要な脳神経外科領域の重要な救急疾患である4,6)

 今回われわれは,右歯性上顎洞炎から左硬膜下蓄膿と左中大脳動脈の続発性動脈炎による脳虚血を生じた1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

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Ⅰ.はじめに

 被囊性腹膜硬化症(encapsulated peritoneal sclerosis:EPS)は,腹膜のびまん性肥厚が徐々に進行し,腸管の広範な癒着を引き起こすことにより,反復するイレウス症状を呈する疾患である.腹膜透析患者の最も困難な合併症としてよく知られており,治療抵抗性のものは生命予後も悪い6).今回われわれは,長期間の脳室腹腔(ventriculo-peritoneal:VP)シャントによってEPSを発症したと思われる症例を経験したので,若干の文献的考察とともに報告する.

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Ⅰ.はじめに

 内頚動脈(internal carotid artery:ICA)における窓形成の報告例は未だ少なく,その多くは頚部から錐体部ないし床上部に発生している23,31,33).今回われわれは,ICA海綿静脈洞部の窓形成に合併した未破裂脳動脈瘤の極めて稀な1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.経験症例

 〈患 者〉 53歳 男性

 既往歴および家族歴 血友病Aを中学生時に指摘されているが,これまで未治療であった.血友病Aについての家族歴は認めなかった.

連載 日常診療に役立つ“頭部外傷”のminimum essence

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Ⅰ.はじめに

 2018年6月,世界最大のスポーツイベントであるFIFAワールドカップロシア大会が開催され,日本代表の活躍とあわせて列島を連日興奮させた.その一方,スポーツにおける脳振盪への社会的関心が高まっている中で,このメガイベントにおいても,前回大会でも問題とされた脳振盪への対応が再び物議を醸し,さらなる注目を集めた.本稿では,スポーツ活動時に発生する頭部外傷の中でも,中心的な病態である脳振盪の概念や遷延する危険性,現場での対応,その影響による後年的な脳機能障害とされる慢性外傷性脳症に加え,日常診療において特に診察室で注意すべき事項などについて概説する.

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Ⅰ.現場の事例から

 まずは具体的な事例から考えてみたい.あなたは総合病院に勤務している医師であり,ある医療機器メーカーからパンフレットや展示で使用したいので,病院で実際にその機器を使って撮像したさまざまな画像をまとめて提供してほしい,と持ち掛けられたとする.こんなとき,どう対応すべきだろうか.

 まずどの医師でも考えるのは,仮に渡すにしても,画像そのものから患者が特定できそうなものはまずい,ということだろう.例えば,頭部のCTの断層撮影情報は再構成すれば顔画像が作れてしまうので,やめたほうがよいかもしれない.また,DICOM画像の場合,タグ情報に患者IDや氏名,生年月日などが含まれているので,このあたりは渡すにしても削除する必要がある.いずれにしても,渡す場合には一定の加工が必要だし,直接個人が特定できそうなものは渡せないだろう,というのが1点目である.これはこれで正しい.

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目次

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お知らせ

略語および度量衡単位について

次号予告

編集後記 冨永 悌二
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 本号の扉では,本望修先生が神経再生の研究を通じて得た所感を「医学研究とは自然との対話である」として綴られている.小生も本望先生と感を同じくするところ多である.神経再生の研究では,従来の常識に反した,驚くような結果を目にすることがある.これまでの脳虚血の研究がいかに急性期損傷にのみに意を配り,生き残った神経組織の病態に無関心であったかを思い知る.確かに中枢神経の修復・再生機構には未知の部分も多く,本望先生の“無知の知”を認識すべしとは言い得ている.

 特別寄稿は,好評であった第76回学術総会の企画を改変し「脳神経外科コントロバーシー2019」として3号にわたって掲載される中編である.本号では,顕微鏡vs.鏡視下手術,下垂体腫瘍に対する顕微鏡手術vs.内視鏡手術,グレード2神経膠腫の治療法,NF2聴神経腫瘍の外科手術が掲載されている.いわば脳神経外科診療におけるホットスポットであり,それぞれ力作である.総説では,伊関洋先生が医工融合による医療機器開発の現状について詳述されている.ものづくり大国と言われさまざまな技術を有している日本で,どうして医療機器開発が進まないのか,具体的に医療機器開発を進めるにはどのようなことに留意しなければならないのかなどが懇切かつ実際的に解説されている.また伊関先生自身の,悪性脳腫瘍に対する光線力学的療法(新規医療機器)の医師主導治験から薬事承認,保険収載までの経験も述べられており,医療機器開発に興味のある方はぜひ読んでいただきたい総説である.現在日本脳神経外科学会で構築が進んでいるJNDを用いた医療機器開発市販後調査のためのコンソーシアムも,このような医療機器開発のフレームワークの中で考えると,その必要性や先進性が理解されるかもしれない.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
47巻2号 (2019年2月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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