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かつて,自分の意思に基づく選択だけで物事を進めることができなかった時代がある。そして現代においても,人生で選択肢のない一本道を歩むことを余儀なくされる人たちもまだ数多くいるだろう。昨年映画化された吉田修一の『国宝』に描かれる歌舞伎の世界もまた,舞台芸術の道を突き進むしかない主人公たちの物語である。何か一つの道を探究するのはとてつもなく苦しいにちがいない。ただ,迷うことから逃れているという点では,幸せと思う人もいるかもしれない。なぜならその一本道に適応して生きていくことで人生の目標がブレることもなく,あれこれ遠回りしたりする必要がないからだ。
進む道を選ぶ自由を与えられているのに,それでも誰かに進むべき道を指し示してほしいと思ってしまうこともある。現に,学部の建築学科から来年大学院に進学しようとしている甥がその建築の専門を「意匠」にするか「構造」にするかで悩みに悩んで,その「答え」を私に求めてきた。どちらに進んでも何らかの困難や苦しみに遭遇するのだから,自分で納得のいく方を選べばいいのに,より確かな道を探して少しでも偶発性を遠ざけたいのかもしれない。話を聞いてみると,「構造」に進めば,より安定した収入が得られるが,「意匠」に挑戦したいと本音をこぼした。彼の茫漠たる不安に思いを馳せながら,私はどちらかを勧めることはせず,「歩きやすい登山道もいいが,偶発性に満ちたけものみちも楽しいかもしれないよ」と話した。
まさに人生のけものみちを楽しんだことで知られる知識人がミシェル・ド・モンテーニュ(Michel de Montaigne, 1533-1592)である。彼にとって予定調和はかえって退屈であり,偶発性こそが彼にとって愉快なのだ。パスカルの言葉に「人間は考えるである」という有名な格言があるが,モンテーニュは「考える(植物の)葦」ではなく,人間の「考える脚」について書いていた。モンテーニュは16世紀のフランスを代表する哲学者だったが,精神の「脚」を着想することで,自らの生の能動性を信じ,それを語ろうとした。それは考えなしに社会の規範に乗っかるような生き方ではない。

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