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Ⅰ はじめに
筆者は中学生の時に,薬物乱用防止教育の中で受けた説明を覚えている。登壇したのは警察関係者だったと思うが,「違法薬物に手を出すな,頭がおかしくなって精神科に行くことになるぞ!」というフレーズである。よく言えば情報提供,悪く言えば脅しである。世間が持っている精神科医療に対するネガティブなイメージと共に筆者の記憶に刻まれているのだが,皆さんが受けた薬物乱用防止教育でも似たような脅しがあったのではないだろうか。その戦略のおかげなのか,薬物依存臨床において問題となる薬物は違法薬物であり,覚せい剤や大麻を使った結果,精神病症状を引き起こし精神科に受診するという考えをもつ医療従事者も多いだろう。しかし,実態は違っており,むしろ違法でない薬物のほうが問題なのだ。わが国唯一の薬物関連精神疾患に関する経年的かつ悉皆的調査である「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」(以下,病院調査)をみてみよう。睡眠薬・抗不安薬を主たる乱用薬物として精神科医療にアクセスする薬物関連精神疾患患者の割合は2010年頃より増加し,2022年の病院調査の報告書によると(松本他,2023),睡眠薬・抗不安薬は覚醒剤(49.7%)についで第2位(17.6%)となっている。この中には「長く薬物は使用していないが,主に併存症に対する治療や,断薬維持のために通院を続けている」といった患者も含まれ,使用症レベルとはもはや違う病態の者も含まれていると考えられる。そこで1年以内に使用がみられた患者を抽出してみると,睡眠薬・抗不安薬は覚醒剤をわずかに抑えて最も多い薬物となっている(睡眠薬・抗不安薬28.7%, 覚醒剤28.2%)。やめたくてもやめられず,臨床上問題となっている薬物といえば違法薬物ではないのだ。この報告書をみてもらえば分かると思うが,「違法薬物を使って,頭がおかしくなり精神科に行く」というのはもはや偏見であり,多くの人はそうではない。
今日,薬物依存臨床で問題となる薬物は睡眠薬・抗不安薬である。睡眠薬・抗不安薬はいくつか種類があるが,臨床上問題となっているのはbenzodiazepine受容体作動薬(benzodiazepine receptor agonist : BZRA)である。物質使用症についてICD-11ではいくつかのコードが付されているが,BZRA使用症について言えば,問題となる病態は,過剰服薬といった使い方が問題となる「有害な使用」と,コントロールを失う「依存」の2つである。本稿では,依存性物質としてのBZRAの特徴と,BZRA使用症の臨床像や治療について概説したいと思う。
なお,本稿では,benzodiazepineではなく,一貫してbenzodiazepine受容体作動薬という用語を採用している。その理由は,benzodiazepine受容体に作用しながらも「非ベンゾジアゼピン系」と称されるZ-drugsに関して,あたかも安全であるかのような誤解を与えかねないと危惧するからである(後述)。

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