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Ⅰ はじめに
大麻草は,古代において中近東~中央アジアで医療および娯楽目的から使用されていたという記録がある。後漢時代に成立したとされる古代中国の薬草事典『神農本草経』においては,大麻に関する項目が存在し,毒性がなく,日常的に使用可能な養生薬として,便秘,痛風,リウマチ,生理不順に対する効能が記述されている。7世紀には大麻は薬草として日本にも導入され,近代日本においても大麻は医薬品として使用されており,1886年以降65年間,大麻は「日本薬局方」に鎮痛薬や喘息治療薬として収載されてきた。
娯楽としての大麻使用が広がったのは,大航海時代以降のアメリカ大陸においてである。1549年,大麻草が自生していなかったアメリカ大陸に,アンゴラ出身の黒人奴隷が大麻を持ち込んだとされている(Hari,2015)。そして,中南米の砂糖プランテーションにおいて過酷な労働に従事させられていた黒人奴隷は,サトウキビ畑の隅で大麻草も栽培し,過酷な労働の合間に大麻を喫煙していたという。労働を監督する白人たちは,大麻を吸った方が奴隷たちの生産性が高まると認識し,大麻喫煙を容認した。こうして中南米では大麻使用が普及し,特にメキシコでは大麻使用は大衆の娯楽として一般的な習慣になったのだった。ところが,20世紀前半の米国において,有害性に関する明確な根拠がないまま,有色人種に対する偏見の影響で厳しく規制されるようになった(Hari,2015)。その時代の認識は,今日まで長いこと国際的な薬物政策に大きな影響を与えてきた。
しかし,2010年代を境に,国際的な大麻政策は大きく変化したのだ。現在,2013年にウルグアイで嗜好用大麻が合法化されたのを皮切りに,カナダ,メキシコ,ジャマイカ,マルタ,ルクセンブルク,ドイツなど,現在までに9カ国で嗜好用大麻が認められている。医療用大麻を認めている国については,オランダ,英国,スペイン,フランス,ベルギー,オーストリア,ポルトガル,フィンランドなど約50カ国におよんでいる。一方米国では,現時点では連邦政府としては嗜好用大麻も医療用大麻も認めてはいない。しかし,州単位ではすでに規制緩和が進んでおり,全50州中,半数あまりの州で娯楽的使用が合法化され,医療目的の使用(医師の処方箋や許可証にもとづく医薬品として使用)は38の州で認められている。
このように,大麻ほどその健康被害や有用性に関して議論が分かれる薬物も他にないだろう。本稿では,大麻の薬理作用と大麻使用による精神医学的障害,大麻規制の歴史的背景とわが国の大麻対策の課題,ならびに,大麻使用症の治療における留意点について私見を述べたい。

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