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Ⅰ ヘンケンとケイケン
人はなぜアディクションに偏見を抱くのか,と言われれば,それは対象の歴史的文脈,文化的立場や社会システムによって形作られたイメージだとも言えよう。しかし,こと支援者に限っては必ずしもそうとは言い切れない。何せ,支援者の偏見は,大なり小なり支援経験に裏打ちされている。そのため,対象者の抱く思いはヘンケンというよりもケイケンに近いだろうし,これが真実だと考える人も少なくないかもしれない。
アディクションの支援現場は決して楽しいばかりではない。対象者と衝突する機会も少なくない。こちらの助言には耳を貸してくれず,明らかに悲惨な結果に終わるとわかっていながらも突き進み,自ら傷つきを深めてしまう姿は支援現場でごくありふれた景色だろう。信頼関係を丁寧に作ろうと腐心し,よい関係がつくれたと手ごたえを感じた次の日に突然来所が途絶えることもある。「またよろしくお願いします」と笑顔で別れた人の訃報を耳にし,無力感と絶望感に支配される経験も,ダルクやデイケアのように対象者に近い環境であるほど稀な話ではない。利用者同士の衝突の板挟みになったり,理不尽な経験をすることもあるし,手ごたえを感じられる機会も多くない。それでもめげずに熱心に支援をしようものなら,しまいには「巻き込まれている」「イネイブリングをしている」と周囲から非難され,いつしか孤立していく。そんな経験を積み重ねるうち「どうせこの人も同じだろう」「何を言っても無駄だ」と投げやりな気持ちになったり,「あれこれ言わずに指示通りにしていればいい」「治す気がない」といった態度を身にまとってしまう支援者に出会うこともあるし,その気持ちには共感さえする。
だがはたして,それは本当にアディクションの真実の姿なのだろか。精神作用物質の使用には,ドラッグ・セット・セッティングという概念が古くから知られている(Zinberg, 1984)。この概念は物質使用の教科書と言っても差し支えないほど広く知れわたっている,よい効果を最大化し,悪い効果を最小化するために注意すべき3要素だ。【ドラッグ】とは,摂取する物質であり,その効果,摂取量,摂取方法注1)などを指す。【セット】とは対象者の要因であり,栄養状態,心身の健康,睡眠衛生,気分,物質に対する知識や期待する効果,耐性などのことだ。そして,【セッティング】とは環境であり,周囲の理解があり,自分が安心できる環境と,そうでない環境とでは効果に大きな違いが生じる。物質使用の結果はこれら三要素の相互作用によって決まる。覚せい剤を使用すれば誰もが等しく同じハイを経験するということも,逆に全員が幻覚や妄想に支配されるということもなく,精神作用物質を使用する際にはドラッグ・セット・セッティングを整えることが有害性を低下させるために重要となる。では,私たちが日々出会う人たちはいったいどんなセッティングを生きているのだろうか。

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