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はじめに
ダウン症候群(通称:ダウン症)は,通常は2本であるヒト21番染色体(HSA21)が3本になっている染色体異常(21トリソミー)であり,発生率は約700人に1人と推察されている。ダウン症の症状として,知的障害,特徴的顔貌,心奇形や白血病の頻度が高いなどのさまざまな症状がみられる。一方,どのようなHSA21上の遺伝子(群)がそれらの症状に関係しているのかは不明な部分が多いのが現状である。これまでにダウン症候群の各症状に対する原因遺伝子の解明や治療薬開発を目的として,いくつかのグループからダウン症特有の表現型を示すモデルマウスが作製されてきた(図1)1)。マウス16番染色体(MMU16)のテロメア側領域がHSA21の大部分と相同であることから,さまざまな長さのMMU16を部分的トリソミーとして有するマウスが樹立されている〔Ts65Dn,Ts1Cje,Ts1Rhr,Dp(16)1Yey〕。トリソミー化の領域が異なることから病態の重篤度に差があるが,共通する領域に病態発症のための原因遺伝子(群)が存在すると考えられている。事実,この領域だけを2コピーに戻したDp(16)1Yey;Ms1Rhr2)やこの領域に含まれるDyrk1aを2コピーに戻したDp(16)1Yey/Dyrk1am1は記憶学習障害が回復する3)ことが示されている。しかし,Dp(16)1Yey/Dyrk1am1の回復は部分的であったことから,この領域の複数の遺伝子が記憶学習障害に関与していると考えられている。一方で,HSA21長腕の残りの領域と相同性を示すMMU10の領域およびMMU17の領域のトリソミーマウスとの交配により作製した,HSA21上の遺伝子の80%以上を保持する,より完全なモデルマウス(TTS:Dp(10)1Yey/+;Dp(16)1Yey/+;Dp(17)1Yey/+)4)を用いて,前述の共通領域を2コピー化したTTS;Ms1Rhrでは記憶学習障害の回復がみられなかった2)。共通領域に加えてMMU17の領域を2コピー化することにより障害が回復したことから,MMU17上のオルソログ遺伝子(群)も記憶学習にかかわっていると考えられる。この結果は,ダウン症候群の記憶学習障害に対する治療薬候補を評価するためには,MMU16の部分トリソミーモデルマウスでは不十分であり,TTSのようなより完全なモデルマウスを用いなければならないことを示唆していると考えられる。また,マウス細胞にヒトがん細胞由来のHSA21を1本移入することにより樹立されたモデルマウスがある(Tc1)5)。マウス特異的遺伝子のトリソミーをもたない利点があるが,作製の際に放射線照射されており,移入したHSA21には多くの遺伝子再構成,欠失や重複がある6)。加えてHSA21はマウス細胞中では不安定であり,HSA21が脱落した正常細胞とHSA21が保持されたトリソミー細胞とのモザイクを呈しているという課題がある。これらの問題を解決するために,筆者らは,HSA21上の遺伝子を正常に近い形でより多く,かつ安定的に保持するモデルマウスの開発を行ったので,この研究成果を紹介する。
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