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どんな薬?
イリノテカン塩酸塩水和物(以下,イリノテカン)は,1990年代初めに日本で開発された抗がん薬です.それまでにない新しいメカニズムで,ほかの薬剤が無効な症例に対しても効果が期待できる薬剤として注目を浴びました.しかし,1986年から始まった臨床試験の中で,重度の骨髄抑制や下痢によって477人中20人(4.2%)の死亡例が出ました.このことで,イリノテカンは有効性が高く評価されているにもかかわらず,「危険な抗がん薬」としてのイメージが強くもたれ,医療者の中でも使用をためらう人も多かったようです.その後,有効性,安全性が再検討されて,新たな用量・用法が決定し,薬剤添付文書の警告欄への記載も強化されました.この一連の出来事を教訓に,薬剤添付文書やインタビューフォームへの記載方法などが検討され,現在では,副作用症例の情報や経過を詳しく掲載するなど工夫されています.また,独立行政法人医薬品医療機器総合機構から医薬品安全対策情報なども提供されるようになりました.
イリノテカンは体内に入りSN-38という活性体になって抗腫瘍効果を示します.その後,SN-38はUGTという酵素によってグルクロン酸抱合反応を受けて,SN-38G(グルクロン酸抱合体)になり不活化されて胆汁中に排泄されます.この代謝過程で問題があった場合,SN-38は長く体内に留まって薬効を発し続けるため,過剰な効果によって骨髄抑制や下痢などの副作用症状が強くでます.SN-38を代謝する酵素UGTの活性に個体間差があることがわかってくるようになり,このことがイリノテカンの副作用出現状況を変える1つの原因と考えられるようになりました.中でも,UGT1A1遺伝子に多型(変異)があるとSN-38のグルクロン酸抱合能を低下させることがわかっています.日本で行った臨床試験のレトロスペクティブ(過去を振り返る)な解析結果では,UGT1A1*6,UGT1A1*28の遺伝子多型をもつ人が,重症の骨髄抑制や下痢などの副作用症状を引き起こすハイリスク群であるということがわかりました.イリノテカンは,今では広くさまざまなレジメンで使用され,固形がんのキードラッグになっていますが,副作用の出現に遺伝子変異が影響することがわかるきっかけになった薬剤のひとつなのです.
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