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は じ め に
慢性疼痛は,「急性疾患の通常の経過あるいは創傷の治癒に要する妥当な時間を超えて持続する痛み」と定義される.日本で2010年に1万人を対象に行われた調査によると,その有病率は11.1%にのぼる1).一方,その病態はきわめて複雑であり,中枢神経系や末梢神経系での疼痛制御の可塑的変化や,心理・社会的要因も関与するため,治療が難渋する2).実際に,その改善率は2割程度にとどまり,医療機関を受診してもその半数以上が通院を中断することが報告されている1).
一方で,慢性疼痛治療に対する認知行動療法(cognitive behavior therapy:CBT)による支援は,一定の効果をあげてきた.特に最近では,新世代のCBTとして,治療プロセスに「マインドフルネス(mindfulness:MF)」の要素を重視する立場が興隆している3).MFとは,元来は瞑想実施時,体験的に得られる心理的状態のことであり,「今ここでの経験に,評価や判断を加えることなく意図的に向けられた注意」と定義される概念である4).この立場の一つにacceptance and commitment therapy(ACT)がある.ACTは,思考や感情,感覚などに自ら進んで接触し続けながら積極的にありのままを体験することを表すアクセプタンスと,価値(自身を充実させる人生の方向性)に沿って行動することを表すコミットメントを軸にした治療法であり,MFは,アクセプタンスとコミットメントの土台として重要視される5).これは,多くの実証的研究を整理するなかで,嫌悪的な体験の回避によって種々の心理的・社会的問題が維持・増悪することが明らかになったためである6).慢性疼痛の場合は,痛みやそれに対する感情を回避する試みが生活に定着し,身体動作や充実した活動の制限,それに付随する気分・身体機能の低下が生じ,かえって痛みの持続やQOLの低下という悪循環が生じる.そのため,回避する代わりに,痛みにまつわる非機能的な思考や恐怖に気づきながらよく感じとり(アクセプタンス),抑制されていた人生に充実感をもたらす活動を意図的に増やしていく(コミットメント)ことを支援する必要がある6).
米国心理学会が公表する各種心理学的介入の効果のリストでは,ACTの慢性疼痛への効果はすでに強く支持されている7).ACTを用いた9報のランダム化比較試験の結果をまとめたメタ・アナリシスにおいても,従来の治療と比較して,ACTは身体的痛み,社会的機能,気分において総じて有意な効果を示し,特に身体的ウェルビーイングに対しては,もっとも有意な効果が示されている(Cohen’s dにおいて0.43の効果量)8).しかし一方で,本邦においては慢性疼痛に対してACTを実施した事例の報告は十分に集積されていない.そこで本稿では,3年間にわたり薬物療法やリハビリテーションによる治療が奏功しなかった両足底の慢性疼痛患者に対して,ACTを実施した事例を紹介する.
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