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Ⅰ.はじめに
「いのちの文化人類学」の視点からは,「高齢社会」「超高齢社会」はその社会が豊かなだけでなく,その豊かさが平等に配分され,また平穏な状態が長期に続いた社会であり,人間の長い歴史のなかでの理想的な状況を実現したものととらえる.さらに,こうした理想的な状況が実現されるには,慣習を含む社会的制度と価値観・倫理・道徳また愛情・愛着の感情の醸成を含む文化によるものであり,偶然の結果ではないと考えている.
ところが,「高齢社会」という言葉,さらに「超・高齢社会」という表現には,人口全体に占める高齢者の割合が高いという事実だけではなく,一般には,そのことが原因で何らかの問題を抱えた社会という含意がある.
その社会に高齢者の割合が大きいことが原因と想定される問題を以前は直截に「老人問題」と称していた.現在,この表現が老人・高齢者の存在そのものが社会問題を引き起こすかのような差別的印象を与えるので,ほとんど使われなくなっている.また,現代の日本のように規模の大きな産業社会では,高齢者人口の割合上昇に関連して生じている現象は多岐にわたるので,「老人問題」という表現では状況を適切に示すことはできない.
それでもなお,きわめて単純に,高齢者の扶養や援助が個人と集団にとって負担となることを「老人問題」というならば,人間は20万年あるいはそれより以前に,「新人類(ホモ・サピエンス)」という新たな種として誕生してから現在までこの問題に直面してきたのである.
なぜなら,人間はほかの霊長類と異なり,加齢のため自立が困難になったメンバーを,集団のほかのメンバーは自分たちの負担を顧みず扶養し援助するからである.
つまり,人間は家族をはじめ社会集団を組織し社会制度を成立させ,複雑な言語,慣習,制度,技術,信仰や世界観を含む文化を成立・維持することによって生存をより確かなものとしてきた.結果,生存する地域を多様な自然環境にある世界各地に広げ,個体数を増やしてきた.人間は子どもを産み育てるだけではなく,負担となっても病弱者や高齢者を扶養する慣習や制度とそのことに価値をおく文化によって地球上での繁栄を達成したのである.
しかし,不作や不漁・猟,気候変動によって飢餓状態になったときや社会の混乱時において老人の扶養は若い世代の負担になる.老人の扶養と援助をやめることも幼い子どもの養育をやめることもできない若い世代の苦労や負担を思う当事者の老人も,苦悩することになる.食料に代表されるような生存に必要な資源をめぐって若い世代と老齢者の世代の双方にとっての葛藤が人間における「老人問題」であり,それは人間社会に普遍的に存在したといえよう.「老人問題」を抱えていることが人間の証であるとさえいえるのである.いのちの文化人類学は,人間社会はどのようにこの問題の解決を模索してきたかを明らかにする.
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