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1.はじめに
アイヌ民族は,日本列島の北辺の先住民族である.近世後半までは,本州の北端,北海道島,クリル列島全島とカムチャツカ半島の南端,サハリン島の南半に居住していた.近代以前の使用言語はアイヌ語である.近代以降は日本国に統合され,日本政府がとった政策の結果,現代に暮らすアイヌ民族はほぼ全員が日本語話者となったと考えられる.アイヌ語を操れる人はごく少数であり,高齢者層に集中している.
伝統的な生業は,採集や農耕,漁労・狩猟を複合的に行うものであり,特定の資源によるのではなく,周囲の環境に存在する多様な資源を利用するものであった.また,近年の研究では交易活動の重要性が指摘されている.漁労や狩猟という言葉は「自給自足の生活」を想起させるが,干しサケや毛皮,クマの胆などは,交易の商品として自家消費分を大きく超える生産が行われており,アイヌ社会も大陸や本州で展開した商品経済の一端を構成していたといえる.縄文文化,続縄文文化の後に展開した擦文文化期には,畝をもつ大規模な畑を作って農耕が行われていたが,やがて交易の拡大とともに農耕は放棄され,アイヌの生業は海産物・毛皮等の生産に特化していったといわれる.
19世紀半ば頃から,アイヌの居住地をめぐっては日本とロシアが互いに領有を主張するようになった.明治政府は北海道島への急激な植民政策と,アイヌ民族の日本化を推し進めた.一方,サハリン島とクリル列島は日ロの間で領有権がたびたび動き,そのたびにアイヌ民族の生活は大きく翻弄された.
第二次世界大戦の敗戦を機に,サハリン島とクリル列島はソビエト領となり,アイヌ民族はごく少数を除いて北海道以南に移住した.現在では,本州以南のほぼ全域に居住し,海外移住者も増加している.現代のアイヌ民族の暮らしは,制度的に差別を受ける点を除けば,他の日本国民と変わらなくなったが,社会的地位向上に向けた活動や文化復興運動が展開している.
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