連載 おとなが読む絵本——ケアする人,ケアされる人のために・199
アイヌの精神文化の豊かさ
柳田 邦男
pp.436-437
発行日 2023年5月10日
Published Date 2023/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686202393
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おおかみが一面真っ白ななか何かを追いかけているのだろうか,表紙の右上に小さく描かれている。目つきは,明らかに獲物をねらっているのだが,かわいらしい顔つきや全身の雰囲気からは,まだ幼い子であることがわかる。その背後に少しだけ描かれた水面の縁の角々とした描き方を見ると,おおかみのこが走っているのは,氷の上であるようだ。
その表紙絵を見た瞬間,《あ,小林敏也さんの絵だ》と,私は感じた。印刷技法や造本までをも視野に入れた独特の絵本づくりを目ざして,長い歳月をかけて宮澤賢治の童話を次々に絵本化(小林さんは「画本」と称している)してきた小林さんだ。『どんぐりと山猫』『セロ弾きのゴーシュ』『よだかの星』など,これまで仕上げた賢治画本は16冊を数える(いずれも好学社刊)。小林さんの絵(イラストレーション)は,人物の目や唇を野太く描く一方で,山猫や楽器セロ(チェロ)や草むらなどは,銅板によるエッチング(線描画)的に繊細さを前面に出すことで独特の味わいをかもし出す点や,全体に黒系や焦げ茶系などによるモノトーンで重みを漂わせる点などが混然一体となって,小林敏也流の賢治文学世界を表現している。イラストレーションと言っても,モダンアート的でもなければコマーシャルデザイン的でもなく,賢治文学の世界にリアリティをもたらしているのだ。
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