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はじめに
“診断”という言葉は,医学の世界ではなじみが深く,17世紀から18世紀にかけて発達した学問である.科学や技術が進歩していない時代の診断学は,病人の訴える言葉,肉体的な外観や態度を観察して,医師が感じ取る病気の徴候や症状を通じて診断を下していたのである.WHOのICD(国際疾病分類)の開発は,17世紀に英国とフランスが死因を意味のある記録にしようとして企画したことに始まる.これは,「疾病をある特定の基準に従って定めるためのカテゴリー方式である」と定義している.1989年初頭,看護診断のリストがANA(アメリカ看護婦協会)とNANDA(北米看護診断協会)の共同でWHOに提出されている.表題は,「看護ケアを必要としている条件」または「専門的な看護ケアを必要としている状況」として登録を要望している.看護診断のICDコード化は,看護学独自の章を提唱することであり,ヘルスケア用語に看護用語を包括する試みの第1段階として位置づけられることになり,保健医療福祉の全分野に大きな影響を与えることになる.
看護診断に関する注目は,米国においてはいち早く1926年初頭,Harmerが「患者ケアについて記録する際,看護婦は患者の問題について記録すること」を提唱している.
その後,1947年,LesnichとAndersonは,看護実践の領域には“診断”が含まれていることを主張している.最初に“看護診断”という言語を用いたのはFry(1953)である.しかし,1966年の調査によって,患者の手がかり情報を活用して臨床判断を行う看護婦の知識と解釈に個人差があることが指摘され,用語の標準化の動きが停滞した結果が記されている.やがて,1973年,専門職能団体としてANA は看護診断を業務基準のなかに明記し,さらに,1980年,「看護社会政策声明書」において看護診断を独立した活動としてアピールしている.こうした歴史的背景を基にNANDAは,看護学の知識・技術体系として診断用語の開発,診断と看護介入-看護成果のリンケージについて探求している.
第5回日本看護診断学会学術集会において,NANDAの功績をふまえながら“看護実践を方向づける看護診断”を体系的にとらえ,看護診断-看護介入-看護の成果のリンケージをシステム化するために4つの視座から提言をしたい.
提言の前に,わが国の看護診断論争を北米と比較・展望し,本題に入りたい.
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