- 販売していません
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
ポリオ感染症は主に幼少期にポリオウイルスに感染し発症する疾患である.脊髄の灰白質に存在する前角細胞(anterior horn cell)に感染し運動神経障害を生じることで四肢・体幹に弛緩性麻痺を発症するため,急性灰白髄炎(poliomyelitis),脊髄性小児麻痺などとも呼ばれる.実際の臨床現場では,名称の類似性から「脳性小児麻痺」と混同されることがあり注意を要する.
歴史的には,紀元前13世紀の古代エジプトの壁画にポリオ感染症による麻痺と考えられる片脚の萎縮,尖足,脚長差を呈する人物が,杖を使用し立っている姿が残されていることから,古くから存在した疾患であるとされる.
近代では,1905年にスウェーデン,1916年にアメリカ合衆国でポリオ感染症の大流行があった.本邦では1950〜60年にかけて多数の患者を生じさせたが,その後,旧ソ連から緊急輸入された弱毒化生ワクチン接種により,野生株による新規発症は撲滅された.しかしワクチン関連麻痺性ポリオ(vaccine-associated paralytic poliomyelitis:VAPP)が少数ながら散発したため,本邦では2012年9月より不活化ワクチン投与への切り替えが行われた.海外でも野生株ポリオ常在国は,残り数カ国となったが,その後は社会情勢の不安定などにより,完全な世界的撲滅には至っていない.
以上のような経過を辿ったポリオ感染症は,多くの国で「医学の勝利」として認識され,医学教育においても「過去の感染症」あるいは「ワクチンで予防可能な疾患」として予防医学の分野でごく短時間触れられるに過ぎない.もちろん日本もその例外ではない.
そのような状況下,ポリオ感染症に罹患した後,数十年を経てポリオ経験者に生じる新たな筋力低下,疲労感増大,日常生活活動低下などが1980年頃から報告されるようになり,ポストポリオ症候群(post-polio syndrome:PPS)と呼ばれるようになった.
PPS発症の原因は現時点でも未確定だが,残存した運動単位に対する長期間の過用が誘因として重要であるとされる.ポリオ経験者は幼少期のポリオ感染症により運動単位が減少しているため,1つの運動神経にかかる負担はそもそも大きい.このような運動神経に,長期にわたって日常生活における過度の負担や過剰な筋力増強訓練,加齢が加わることで運動神経が脱落し筋力低下が生じる.残存した数少ない運動神経にかかる負荷はさらに増大するため,連続的・段階的に筋力低下が進行し,それに伴い疲労感増大,関節痛などが生じ,従来可能であった生活が維持困難となる.
PPS発症・進行のリスクについて定期的に評価を行い,その程度や変化に対応することが可能な医療機関は多くない.その理由は,先述のごとく,そもそも医療関係者にPPSの理解が浸透していないこと,ポリオ経験者の症状・生活強度が様々であるために診療には相当の時間が必要であること,予防医学の視点からの取り組みも必要であることから長期に渡る計画的な対策が必要であることなどである.これらを解決するには単独の医療機関の努力だけでは困難であり,地域ごとのポリオ経験者団体と連携しPPS対策を行う,センター的な医療機関の存在が必要である.現在,全国数カ所で定期検診(以下,検診)と外来診療がリンクしPPS対策が開始されているが,全国網羅には至っていない.
藤田保健衛生大学リハビリテーション(以下,リハ)部門では2006年よりポリオ友の会東海会員とともに,愛知県,岐阜県,三重県,長野県,静岡県,石川県,富山県を中心とした参加希望者およそ250名に対して総合的PPS対策プロジェクト(Beyond the Gray Project)を開始した.このプロジェクトでは,定期検診(年3回開催,会員は2年に一度受診),ポリオ専門外来(週2回午後)や入院による医学的診断,生活改善,運動療法,装具・補装具・福祉機器対応を行っている.
Copyright © 2015, The Japanese Association of Rehabilitation Medicine. All rights reserved.