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はじめに
腰痛は60~80%の成人が経験する痛み愁訴であり1),長期にわたって再発や悪化をくり返す変動性の経過をたどる2).初回の腰痛発症後,1年後も6割は腰痛を有しているとする報告もあり3),再発および慢性化しやすい性質を持つ最もポピュラーな痛み愁訴である.従来,腰痛は外傷性事象や機械的ストレスが原因で起こる損傷モデルが前提であった.しかしながらこのモデルで説明しきることには限界があり,心理社会的要因の関与が重要視されるようになった(生物心理社会的疼痛症候群)4).我々が行った本邦勤労者における前向き研究(労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業)でも,仕事に支障をきたす腰痛の危険因子として新規発生については,腰痛既往,持ち上げ動作が頻繁なことに加え対人関係のストレスが,慢性化では仕事や生活の満足度および働きがいが低いことが多変量解析にて他要因で調整しても有意な因子であった5).
一方,症候性の椎間板ヘルニアおよび脊柱管狭窄症,骨折,感染性脊椎炎や脊椎腫瘍(red flag),加えて尿路結石や大動脈瘤といった原因疾患が特定しうる腰痛(特異的腰痛)以外の多くは,椎間板,椎間関節,仙腸関節,背筋などの腰部組織に痛みの起源があった可能性は高いかと思われるが,特異的な所見が乏しく,解剖学的な痛みの起源を明確にできないため非特異的腰痛と総称されるようになった.この非特異的腰痛が約85%を占め,医療者が日常診療において最も遭遇しやすいが,いまだ医療者の裁量権に依存した対応がなされている可能性が高い.患者に明確な情報提示および的確な治療を施さねばならないものの,病態が画一的でないため発展途上である.最近,重篤な基礎疾患のない非特異的腰痛患者に画像検査を行っても臨床転帰は改善しないことがメタ解析で明らかとなり6),ついつい変性,ヘルニア,すべりなどの画像所見があたかも腰痛と関連が強い印象を患者に与えてしまいがちな医療スタイルに警鐘を鳴らしている.
さて,本稿でのテーマである慢性非特異的腰痛(以下,慢性腰痛)についてであるが,前述した再発率を考えると,一般的に用いられる急性,亜急性,慢性の区別が明確にはつけにくくなっているものの,3カ月(12週)以上続いているものを便宜上慢性と定義し,エビデンスの有無等が検討されてきた.ヨーロピアンガイドライン(慢性腰痛管理)7)では,活動や運動を加味した認知行動療法が特に推奨されているが,これはそうそう全例に実施できるものではない.日常漠然と行われがちな温熱/冷却,牽引,レーザー,超音波,短波,干渉波,経皮的電気神経刺激(TENS),マッサージ,コルセットなどの受動的治療に関しては,その有用性が示されているとは言えないことから推奨されていない.認知行動療法に比べ対応しやすい管理下運動療法も推奨はされているが,Cochrane Databaseでは「成人の慢性腰痛に対する運動療法(筋力増強訓練と腰部安定化運動)は,痛みを軽減し,機能を改善する効果が少しあるようである」8)という奥歯に物の挟まったような記載で,特効薬とは言い難い.これらの知見から「このようなタイプの慢性腰痛には,こういった運動療法を処方しましょう」といった具体的かつ合理的な指針が得られない理由としては,臨床的な実体や診断法がなく,様々な段階の損傷,機能障害,そしてyellow flagと呼ばれ重要な予後規定因子である心理社会的要因の関与の程度も様々である慢性腰痛を,1つの病態として捉えがちであったことにあると考える.このことを踏まえ,本稿では,現時点で筆者の考える慢性腰痛(再発をくり返すものも含む)の対応法を概説する.
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