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1988年4月の本誌の創刊号の巻頭に当時の編集顧問,故小野啓郎先生(大阪大学名誉教授)が創刊の辞として述べられた中に,編集方針についての4つの注文が含まれている.その1つが,本誌をmultidisciplinaryな雑誌にしてほしいとのことで,「たとえば生物学者,工学者が登場して違った目とことばで脊椎脊髄を見て,語ってもらえまいか.脊椎脊髄は,元来,医者だけのものではない」と,切なる要望が述べられている(脊椎脊髄 1:9-10, 1988).このことは,私が本誌の編集委員に就任して以来,ずっと心の中に残っていた.
個人的には,学生時代に接したヘッケル(Haeckel E)の「個体発生は系統発生と繰り返す」という考えに大きな衝撃を受け,また解剖学者で生命哲学者の故三木成夫の生命史全体から生物の形の成り立ちを考える壮大な視点に心酔してきた.このような理由と背景から,広く脊椎動物全般において,発生と進化という視点からヒトの脊椎と脊髄を捉えてみたいと本特集を企画した.基礎の生物学者の先生方の視点から,脊椎と脊髄それぞれの発生と進化について語っていただいた.特に近年では分子遺伝学の進歩から,個体発生と系統発生を遺伝子の発現調節という観点から解明しようとする進化発生生物学(evolutionary developmental biology;略してエボデボ)という分野が発展し,次々に新たな事実が解明され,従来の古典的な考え方が覆されることが起きている.執筆者はいずれもその研究分野の第一人者の先生方で,それぞれの論文は大変,読み応えがある.最新の情報については,ある程度の予備知識がないと難しい内容もあるかと思われるが,これまでの研究の歴史や学説の変遷についても触れられており,理解を助けてくれる.脊椎動物進化の壮大な歴史に胸を躍らされ,動物種による脊椎・脊髄の多様性や緻密に制御されたその発生過程に驚かされ,新鮮な気分で読み味わえる.本誌の通常の臨床的テーマとはかけ離れた特集となったが,日ごろの凝り固まった臨床の「石(医師)あたま」が,少しほぐれるのではないだろうか.
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