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はじめに
運動器疾患を扱う整形外科において,筋骨格系の外傷は日常診療において最も頻繁に遭遇する疾患である.米国では毎年約3,300万人が筋骨格系の外傷を負うといわれており,これは米国民100人あたり13.8回の頻度にあたる.この中でおよそ620万件が骨折によるものである44).骨折治療の基本は整復と固定であり,手術方法や固定材料の開発など近年の整形外科学および材料工学の進歩によって,多くは満足のいく結果を得ることが可能になった.しかしながら,今なお5〜10%に遷延治癒や偽関節に至る成績不良例が存在することも事実である36).
骨折治癒過程は,損傷した骨組織が機械的負荷に耐え得る強度を回復するための複雑な生理反応である.骨がほかの組織と大きく異なるのは,損傷を受けてもほとんど瘢痕を残すことなく再生できるという点である.これは,治癒過程の異なったステージにおいて必要な細胞群がオートクライン,パラクラインに特定の細胞内情報伝達を行い,細胞分化,基質合成などの一連の生物学的反応が精巧な制御の下に行われているからである.しかしながら,ある病態ではこの一連の生物学的イベントが円滑に進行しないために遷延治癒や偽関節に至ると考えられる.以上のことから,安定した骨折治療法の確立には手術方法や固定材料の開発だけでは不十分であり,細胞生物学,分子生物学の面から治癒過程に出現する一連の生物学的イベントを理解しておくことが重要である.
骨組織が非常に高い再生能力をもつ理由として,基質内に細胞成長因子が豊富に蓄積されていることが考えられる.今から約50年前にUrist53)は移植骨の基質内に骨新生を誘導する因子があることを発見し,bone morphogenetic protein(BMP)と名づけた.その後,Wozneyら57)によってBMPファミリーのクローニングが行われ,現在までに約20種に及ぶヒトBMPファミリーに属するタンパク質が同定されている.さらに,骨基質にはBMPのほかにfibroblast growth factor(FGF),transforming growth factor-β(TGF-β),insulin-like growth factor(IGF)などの細胞成長因子が豊富に存在することが知られている.これらの細胞成長因子は免疫組織学的手法やin situ hybridizationなどの分子生物学的手法によって骨折治癒過程に発現していることが示されている5,7,22,34,42).近年,遺伝子工学の発達によって大量のタンパク精製が可能になると,BMPを中心に細胞成長因子を用いた骨折治癒促進の研究が盛んになった28).われわれも塩基性線維芽細胞増殖因子(basic FGF:bFGF)をラット大腿骨骨幹部骨折に局所投与し,その効果を検討した36,37).
本稿では,これまでにわれわれが行ってきたbFGFによる骨折治癒への効果のほか,近年,強力な骨形成作用をもつペプチドとして骨粗鬆症治療で広く使われているヒト組み換え型副甲状腺ホルモン(recombinant human parathyroid hormone:rhPTH)による骨折治癒促進効果,また,遷延治癒,偽関節との関連が深い糖尿病における骨折治癒遷延のメカニズムを中心に,最近の骨折骨癒合研究について文献的考察を加えて解説する.
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