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はじめに
脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)は,頭蓋-脊柱管内においてくも膜と軟膜の間すなわちくも膜下腔と,上衣層に囲まれた脳室および脊髄中心管を満たす無色透明な液体である.正常では脳脊髄液の細胞数は5個/mm3以下である.CSFの全量は成人で常時100〜150mlに保たれている.CSFの1日の産生量が400〜600ml(0.35ml/min)であることを考えると,1日に3〜4回生理的吸収路を介してCSFは入れ替わる計算になる39).
CSFの存在意義については,古くから諸説が論じられている.その中で,脳脊髄は外面も内面(脳室)もCSFに完全に浸る状況から,生じた浮力により自重を効果的に減少させる役割(神経根・硬膜の緊張緩和)36),また頭蓋脊椎への機械的刺激に対するクッション材的役割が重要とされる.一方,最近ではCSFに含まれる物質の分子レベルの働きについても研究が進んでおり,CSFに流入した脳実質の細胞外液ならびに上衣細胞・脈絡上衣などに由来する種々のサイトカインや物質が,呼吸や動脈性拍動15),そして上衣細胞の繊毛運動などで生じるCSF流を利用して反発性軸索ガイダンス因子,増殖因子などの物質の運搬・交換そして拡散,さらには免疫反応防御システム,脈管新生など脳の栄養・代謝に深く関わることが明らかにされている21,22).すなわち,CSFはその組成を調節することで脳の健康維持にも欠かせない存在となっている17).
通常CSFは,産生,循環,吸収が相互に連関して機能することで一定量が保たれている.成人のCSF総量を約140mlとすると,その内訳は脳室に30ml,脳くも膜下腔に80ml,脊髄くも膜下腔に30mlと推測される35).ちなみに,中枢神経系(central nervous system:CNS)の間質液(interstitial fluid:ISF)は280ml存在する.したがって,CNSに関わる水の動態を考える場合,ISFについても詳細に検討する必要がある.特に,CNSは唯一リンパ系が存在しない組織であることから,ISFにおける水の収支バランスに密接に働く脳動脈周囲の血管周囲腔(perivascular space:PVS)を介する特別な排導機序は,リンパ系に相当するシステムを代償する.これは,脳白質血管周囲のアストログリア終足に高発現する膜輸送タンパク質水チャンネル(aquaporin channel:AQP)33)を基軸にした実質から可溶性タンパク質・代謝産物などを血管にスムーズに排除するシステムで,睡眠中に稼働するglymphatic system14)またはglymphatic clearance pathway16)と呼ばれる.同システムに関する基礎研究2,14,16)は,脳アミロイド血管症やアルツハイマー病などの発症機序との関連解明を受けて,臨床研究として現在大きな期待が寄せられている.なお,PVSは細動脈でVirchow-Robin腔と交通する.
一方,CSFの収支バランスを考える場合,従来からその吸収首座とされる脳硬膜くも膜顆粒の本態解明は緊喫の課題である44).また,CSFのリンパ系吸収路については,頭蓋底領域とは別に脊髄硬膜外レベルでの作動確認20,24)もCSF循環にとって検証すべき課題とされている.著者らは,CH40微粒子活性炭,indigocarmine,およびindocyanine green(ICG)を新しいCSFトレーサーとしてヒト組織を含む注入実験に用いることで,CSF経リンパ吸収路の構造的特徴とその吸収動態について検討をこれまで試みてきた24,28).特に,脊髄領域でのCSF吸収とリンパ管系との関係については,硬膜-神経根周囲の髄膜に局在する篩状斑を介する脈管外通液路(extravascular fluid pathway)19,29,30)ならびに硬膜外リンパ系(epidural lymphatic system:EDLS)4,25)との連関機能の重要性,さらに両者の組織学的特徴を明らかにしたことで,CSFがいかにして髄膜バリア(図1)を生理的逸脱して硬膜外リンパ管に吸収されるか,という長年の疑問に対して髄膜脈管外液路30)の存在証明で1つの答えを示した.他方,近年YamadaはCSF動態をMRIで画像化するTime-SLIP法を応用したCSF dynamics imaging45)を開発し,特に古典的なCSF循環概念,すなわちCSFが産生部位から吸収部分に向かって川のように流れる第3循環説が事実と異なることを実証した臨床的意義は大きい43,45).
CNSの細胞外液や脳室系のCSFの生理的量的バランスを保つために必要なシステムのいずれかの構造・機能が破綻すると,CSFでは過剰な貯留状態を呈して水頭症,逆にそれが減少ないしは異常な漏出状態を呈すれば低髄圧症候群(脳脊髄液減少症)・脳脊髄液漏出症,一方ISFでは,血管周囲腔での通過障害として脳浮腫やアルツハイマー病,遺伝性脳小血管病(cerebral small vessel disease〔SVD〕)34)などの病態がそれぞれ引き起こされると考えられている14,16,42).
最近,これらの病態解明に取り組む関連学会においてCSF循環の再考が叫ばれる中,第14回日本正常圧水頭症学会(2013)の特別講演での佐藤修東海大学名誉教授の提言は注目された.佐藤は最新の研究成果7,32,33,43)に触れ,上矢状洞付近でのCSF吸収は定説とは異なり主経路でなく,むしろ頭蓋底部,鼻腔からのリンパ系吸収,また脊髄レベルからの吸収路のほうが重要であると結論づけ,大きな反響を呼んだ.
本稿では,正常状態でのCSF循環(産生,吸収)について最新の知見を踏まえて概説するが,特に脊髄膜に局在する前リンパ管通液路(prelymphatic channel:PLC)19,26,30)を介するCSF経リンパ吸収路について紹介する.また,自家所見から脳脊髄液減少症および特発性正常圧水頭症の発症機序についても最後に考察したい.
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