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はじめに:アートは「自己表現」なのか?
日本文学の研究者という立場で,障害をもつ人たちの文学活動(特に患者運動や障害者運動の中から生み出された文学)について考えてきました註1.最近では,狭義の「文学」(多くの人がイメージする「小説」を中心とした散文学)だけでなく,絵画や映像等も含めた「アート」も視野に入れ註2,「障害をもつが故に直面する困難を原動力にした表現活動」について考えています(以下,本稿では便宜的に文学や絵画等をまとめてアートと表記します).
最近,巷では,「芸術」や「美術」より「アート」という言葉のほうが多く流通しているようです.「術」という字は,「手術」「忍術」「奇術」「呪術」等のように,厳しい訓練を経て習得された特別な技能を表す言葉につくことが多いので,これらの言葉には,どうしても「高尚」「難解」といったイメージが付きまといます.
対して,「アート」は,「芸術」「美術」よりも具体的なイメージが湧きにくいので,実はとらえどころのない言葉なのですが,機会さえあれば自分にもできそうな気安さを感じさせます.そのこともあってか,医療や福祉の現場でも,この言葉に接する機会が増えています.
アートは,ともすると「自己表現」と同義で考えられている節があり,「心の内に抱えたものを自由に表現すること」だと思っている人も多いようです.私も自分の研究を説明しなければならないとき,「自己表現」という言葉を使うのですが,この言葉は大変便利な反面,誤解を招きやすい一面もあります.
私見を述べれば,アートとは「心の内を自由に表現すること」ではなく,むしろ「自由には表現し得ないものを表現すること」だと思います.一例として,ここでは俳句を取りあげて考えてみましょう.
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