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臨床にどっぷりと浸かっていたのは,はるか17年も前になる.主に伊豆韮山温泉病院で高次脳機能障害の患者さんの臨床に携わっていたころ,患者さんの生活の改善のために「こんな道具があったらよいのに」とか「こんな訓練器具をつくりたい」とか,アイデアばかりが湧いて出ていた.たとえば,Balint症候群の患者さんの視野スペースを実際より狭く見せるメガネや,半側空間無視のright neck rotationを阻止する左側の頸部筋を刺激する道具等々.しかし,いかんせんメカ音痴の私は,ものづくりには不向きで,せいぜい自助具やスプリントをつくるくらいだった.そんな中,鋳物業の会社を経営している左片麻痺の患者さんが,退院後に「右手で右の爪を切りたかったから,自分でつくりました」と,見事な片手用爪切りの試作を送ってきてくださった.当時のOTはラワン材の木を削って,片手用自助具をつくっていた.私も例に漏れず,おそらくこの方にも作製したように記憶している.私の粗削りな自助具より,はるかにスタイリッシュな特製爪切り自助具を手にして,ものがつくれる専門家に憧れを抱くこととなる.
患者さんの作業療法中に芽生えたアイデアは,アイデアだけにとどまり,形になることなく,臨床時代を終え,教育の道に進んだ.京都大学を経て現在の神戸大学に異動したが,幸運なことに,学内をはじめ,ものづくりのエキスパートの方々に出会うこととなる.従来の脳血管障害や頭部外傷後の高次脳機能障害に関する研究に加え,認知症の研究も,時代の要請に押されるように始まった.着任早々,工学部とのブレインストーミング合宿,神戸市からの委託研究である認知症予防に関するICTツール研究,神戸芸術工科大学の相良二朗先生やスウェーデンにあるカロリンスカ研究所のOTの先生方とのeveryday technology(ET)およびassistive technology(AT)の共同研究と,いきなり同時に,苦手とするICTに関する研究が始まったのである.工学系の先生方の使用言語がわからず,よくネットで検索した.工学部の先生方は,「ものづくりはできるが,それが本当に現場で役立つかどうかまでの検証は難しい」とよくおっしゃる.医療保健分野に所属する私(たち)は,アイデアと臨床の場はあるが,ものづくりの知識は,あらかた専門外である.この2つが一緒になれば,たちまち現場に役立つものができそうだ,と“Healthology”(造語)という概念が神戸大学で生まれた.健康に,自分らしく,意味をもって終の棲家で暮らすためにはどうすればよいかということを考える学問で,工学部の先生方と名前をつけた.
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