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理論の成立過程と変遷
21世紀は脳科学の時代といわれており,再生医療も含めて大脳生理学が注目を浴びている.行為の研究にしてもまた然り,伝統的なゲシュタルト知覚の「中枢-推論説」等の知覚理論は,脳を中心に取り組まれてきた.しかし,James J. Gibson1,2)はこの感覚器官から知覚を説明する知覚理論のパラドックスを指摘し,身体全体を「基礎的定位のシステム」,「視るシステム」,「聴くシステム」,「味わい・嗅ぐシステム」,「接触のシステム」をもつ「知覚システム」として表現し,動物の行為が身体内部のみで決定されるものでなく,環境が運動制御に大きく関与していることを提示した.環境が動物に提供する「行為の可能性」を「アフォーダンス(affordance)」という言葉を用いて表現し,加えて,動物が自らを取り囲む環境に適応し行為を行うためには,意識,無意識かは問わず,自発的に探索していく行為が重要であることを示唆している.アフォーダンスはGibsonによる「afford=与える・提供する」をもとにした造語だ.それは精神と物質と生命をつなぐ新しい科学に基礎を提供する考え方の一つだといわれている.
たとえば,食事用の自助具3)にしても持ち方一つでパフォーマンスが大きく変化するのも,アフォーダンスの影響である(図1).食塊をすくったら,こぼれないように常に水平にしておかねばならないのがスプーンのアフォーダンスであり,スプーンの持ち方により行為が決定してしまう.前述したようにアフォーダンスとは,環境が動物に提供するものであり,それは生命体を取り囲んでいるところに潜んでいる意味である.意味といっても人間が考えだしたものではない,それは環境に実在(リアル)している,しかし,ある個体がいつか環境にそれを発見しなければあらわにならない,だからアフォーダンスは潜在する意味である.環境の複雑さが先にあり,それが徐々にそこに生きる動物の身体にも複雑なことを生んだ.アフォーダンスの概念は,私たちがあまりにもあたり前のことを見逃していたことに目を開かせてくれる.
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