- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
2024年,初めての急性呼吸窮迫症候群acute respiratory distress syndrome(ARDS)に関する国際的な定義「AECC定義」が発表されてから30年の節目を迎えた。AECC定義が発表されて以降,ARDSを対象とした臨床研究が多く行われ,大きな発展を遂げてきた。この30年の臨床研究で示されたのは,ARDSそのものを根本的に改善させる治療法は原疾患の治療以外になく,人工呼吸器管理そのものが肺を傷害する人工呼吸器関連肺傷害の予防が生命予後の改善に寄与する,ということである。換気可能な肺が著しく小さくなるARDS肺(baby lungコンセプト)に対して,低い1回換気量と低い吸気圧で管理する「肺保護換気」と,肺の含気の均一化を促す腹臥位での長時間管理を行うことで,死亡率が改善するということが無作為化比較試験(RCT)で示された。これらはARDSの国際ガイドライン1,2)でも「強い推奨」がなされている。
一方で生理学的な観点からは,患者の換気可能な肺の大きさに応じた(駆動圧を指標とした)1回換気量の個別化,腹側肺の過膨張と背側肺の虚脱を最小限にする適切な呼気終末陽圧positive end expiratory pressure(PEEP)設定〔食道内圧モニタリングや電気インピーダンストモグラフィelectrical impedance tomography(EIT)といったデバイスの使用〕,baby lungを大きくするためのリクルートメント手技,強い自発呼吸努力によって引き起こされる肺傷害(P-SILI)をいかにモニタリングして予防するかなど,生命予後の改善に寄与すると考えられる介入が複数あるものの,現状,RCTで有効性が明確には示されていないか,確かめられていない。これらの,いまだ生理学とエビデンスの間にあるさまざまなトピックに,我々が切り開くべきARDSにおける人工呼吸器管理の未来があるのかもしれない。
また,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを通じて重症呼吸不全に対する高流量鼻カニューレ酸素療法high flow nasal cannula(HFNC)を主とした非侵襲的呼吸療法が広く一般化したことで,人工呼吸器を装着されPEEPが付与された患者のみ診断されるという現状のARDS診断の定義に疑念が生じるようになり,新たな定義(new global definition)3)が提案されるに至った。さらに,COVID-19肺炎に対するステロイドおよび免疫調整薬の予後改善効果が示されたことで,ARDS全体においても特定の薬物治療が有効なフェノタイプを同定する試みが加速している。
本特集は「新生Intensivist誌」の第1弾として,ARDSにおけるエビデンスおよびガイドラインを示すだけでなく,それらと実臨床の溝をどのように埋めながら臨床を行っているかが読者に伝わるように構成した。各稿では,執筆者らの“Experience”として症例を提示し,実臨床で実際にどのように行っているかを示していただいた。また,JSEPTICホームページ上で行われた簡単アンケートの結果*1や,責任編集の3名とエキスパートとして竹内宗之先生(国立循環器病研究センター 集中治療部)をお迎えして行った座談会の内容も掲載している。ぜひこれらをご一読いただき,日々のARDS診療に生かしていただければ幸いである。
本誌の制作中には,ESICM(欧州集中治療医学会)とATS(米国胸部学会)より,2つの新たな国際ガイドラインが発表された1,2)。以下では,各稿にかかわる部分のガイドラインの推奨内容と,知っておくべきRCTも含めた筆者の個人的ポイントをお示しする。参考までにご一読いただければ幸いである。
ARDSにおける体外式膜型人工肺(ECMO)の適応・管理については,ボリュームの観点から本特集では割愛している。しかし,実臨床においては重要なテーマであり,Vol.16 No.3で取り上げる予定である。
Copyright © 2024, MEDICAL SCIENCES INTERNATIONAL, LTD. All rights reserved.