巻頭言
研究の歴史に学ぶ
岳中 典男
1
1熊本大学
pp.53
発行日 1965年4月15日
Published Date 1965/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425902610
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基礎医学振興が叫ばれてからかなりの時が立つたが,いまだその兆がみられないばかりか,事態はいつそう悪くなり危機へ向いつつある。そういう研究環境を嘆きながら,一方,成果のあがらない実験に方法の行きずまりを感じていたとき,同僚の一人から研究史の話をきき,勧められて,課題に関係のある分野の歴史を調べ,伝記を読み,振出しに戻つて考えてみることにした。国の内外を問わずこの道に一歩を進めた研究者たちが,科学することを通じてえた体験や人生観は,その学問上の貢献とともに真に貴重な遺産であつて,研究の難所をのりきるための知恵と励ましを与えてくれる。なかでも万人に愛読されたAlexander Fleming伝を読みかえして,改めてその感を深くした。
研究の進展を阻むものの一つに施設の不備があげられる。米国の完備した施設を見聞し,またはそこで研究に従事して帰国すると,日本の多くの研究室の機械器具は貧弱で用にたえないかに見える。それにしても,独創的な研究が完壁な研究室で生れるとはかぎらない。Flemingは米国のある研究所を訪ねたとき,「もしこんな条件のもとで仕事をしていたら,決してペニシリンを発見できなかつたろう」と述懐したという。わが国で現に活躍し一家を成している人達の多くが,戦後の窮乏に耐え,実験室の一隅に起居しつつ,研究に独自の主題を見出したことも忘れてはなるまい。
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