特集1 心が折れない看護研究
臨床のジレンマを研究にした9人の「問い」ストーリー
高橋 寛光
1
,
遠山 梓
2
,
畠山 卓也
3
,
嵐 弘美
4
,
小山 明美
5
,
末益 朝衣子
6
,
土谷 朋子
7
,
岡 京子
8,9
,
福岡 弥生
10
1東京都立松沢病院
2東京都立小児総合医療センター
3高知県立大学看護学部
4東京女子医科大学看護学部
5慈雲堂内科病院
6東京女子医科大学病院
7東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程
8東京女子医科大学大学院
9井之頭病院看護部
10東京武蔵野病院
pp.38-45
発行日 2013年1月15日
Published Date 2013/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1689101131
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「難しい患者にはかかわらない」でいいのだろうか
高橋寛光 東京都立松沢病院
私が精神科で働き始めた10年ほど前、司法精神看護はまだまだ成熟しておらず、「突っつくと具合が悪くなる」という理由から、難しい患者の精神面には積極的にかかわらないほうがいいという雰囲気がありました。そんな中、私が精神科で初めて担当することになったのが、刑務所で15年以上を過ごし、当院への入院もすでに5年以上経過していた40代の男性です。自傷行為や物を盗むようなことも頻繁で、精神科薬も1日に20錠ほど飲んでいました。「刑務所に何度も行っているし、どうしようもない」。周りはそんな雰囲気で彼を見ていました。
彼は毎日、夜3時に起きては暗い食堂で一人、ラジカセで音楽を聞いていました。ある日私は、いつものように食堂にいた彼に近づいたのです。右手を握りしめ、それを口元まで持っていって何かをしていたので、初めはお菓子でも食べているのかと思ったら、そうじゃない。彼に尋ねると、「私は歌が好きで、いつもはラジオを聴いている。でも本当は聞くだけじゃなく、歌うほうも好きなんだ。部屋は他の人もいるし、『うるさい』って言われるから、歌いたくなったときは、夜中にここで音楽をかけて、ラジカセにマイクをつなげて小さい声で歌っていたんだ」。そういって右手の中にある爪の先ほどの小さなマイクを私に見せてくれました。
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