- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- サイト内被引用
1 はじめに
認知行動療法は精神医療にどのようなインパクトを与えているのでしょう?
近年、認知行動療法*1が精神医療の重要な治療手段の1つとして世界的に広く認められるようになっています。認知行動療法は精神医療に強いインパクトを与え精神医療を変えつつあるといっても過言ではないのですが、それでは認知行動療法のどのような点が評価され注目を集めているのでしょうか。
この問いに簡単に答えるとすると、「いろいろな精神症状へのアプローチ法を具体的に提示して、臨床データで有効性を立証した点が高く評価されている」ということになるでしょうか。さらに筆者の実感を付け加えると、「認知行動療法は、従来難治といわれてきた“クスリが効きにくい精神症状”へのアプローチ法を明示している点が素晴らしい」となりそうです。
皆さんもご存知のように、“基本的に治る病気”とされてきたうつ病や不安障害(神経症)のなかにも、実はなかなかクスリが効かない難治性の症例が少なくありません。例えば、うつ病の2~3割、強迫性障害の3~4割は薬物療法では治りにくい難治性の症例にあたるといわれています。
従来はこうした難治例での有効な治療手段はあまりなく、「試行錯誤で処方を変えながら回復を待つ」「環境調整を試みる」「電気けいれん療法(ECT)の適応を考える」などがせいぜいでした。そしてこうした症例では、(森田療法などの一部の例外はあるものの)残念ながら精神療法もさほど役に立てないことが多かったのです。そもそも次のような精神医学の通念があり、難治性のうつ病や強迫性障害で精神療法が効果をあげるのは困難だろうという先入観があった、とみるのが正確かもしれません。
*うつ病患者が悲観的な見方をするのはうつ病の「症状」なのだから、精神療法で変えようとするのは土台無理な相談だ。
*強迫性障害患者は自分でも強迫症状の無意味さ・不合理性をわかっていながら「症状」にとらわれているので、精神療法を行なっても実りは少ない。
このように、薬物療法抵抗性のうつ病や強迫性障害などを前にして、我々精神科医には有効な治療の切り札が乏しく手詰まり感があったのですね。そしてこの閉塞状況が、認知行動療法の登場によってかなり大きく変わったのです。認知行動療法は、従来の精神医療・精神療法のウィークポイントを補塡する役割を果たして、治療の可能性を広げたところが高く評価されているわけです。
こうして今までの精神医療の常識を変えつつある認知行動療法ですが、その方法論はいたってシンプルで常識的ですし、治療期間もそう長くなくてすみ治療の副作用もほとんどありません。この認知行動療法の簡便性・安全性・実践性も、認知行動療法の優れものたる所以です。どんなに優れた治療法でも、「実施方法が複雑で難しい」「莫大な費用がかかる」「変化が生じるまでに長期間かかる」「ひどい副作用がある」などの特徴があっては、なかなか普及は難しいでしょうから。
筆者の印象では、認知行動療法のエッセンスは行動療法の技法の1つである「曝露反応妨害法」と、認知療法の技法の1つである「思考記録法」に端的に示されています。そこでこれから、筆者が担当している症例の治療経過を具体的に提示しながら、この2つの技法を紹介していきましょう。
Copyright © 2006, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.