特集 阪神・淡路大震災から1年―看護界の対応をみる
看護に求められたもの,看護が求めたもの
柳生 敏子
1
1甲南病院看護部
pp.152-157
発行日 1996年3月10日
Published Date 1996/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686900460
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はじめに
阪神・淡路大震災から,早1年.病院を包みこんでいた緑の木々もやがて紅に染まり,そしていまや冬枯れの季節を迎えている.季節だけは何ごともなかったかのような確かさで移り変わりをみせているが,私たちはまだ悪夢にうなされ,不安に身体がすくむような思いにさいなまれることもある.「もう悪夢は終わったのだ」「新しい年に向かって希望を抱こう」と思う反面,再び地震が起こるのではないかという恐怖を心の底に,この寒空の下を過ごしているというのが正直な心境である.巷の情景に目を向けてみると「復興の息吹」も「再建の槌音」もむなしいかけ声ばかりで,一般に報じられている程には,惨状からの回復は見られないように思うのは私だけであろうか.
今回,震災1年を振り返ってというテーマをいただいた.何がどう変わり,新たなシステムづくりができたかについて振り返ってみても,何も形として表わすことができない有り様である.ただ,遮二無二,通常の状況に戻すために懸命となり,その状況を保つことが精一杯だった.
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