連載 おとなが読む絵本——ケアする人,ケアされる人のために・204
忘れがたい幼少期のしっとりとした情景の記憶
柳田 邦男
pp.930-931
発行日 2023年10月10日
Published Date 2023/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686202512
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私が小学校の3年か4年のころ,50代後半になっていた父は,肺結核のため小学校長を退職して自宅で療養していた。わが家は北関東の田舎町のはずれにあり,家の東側には田んぼがずーっと広がり,2キロほど先には断層の崖が横に広がっていて,その先は高台になっていた。終戦直後の食料難の時代だったので,父に少しでも栄養価の高いものを摂らせるために,家族の誰かが毎朝,高台で牛を飼っている農家まで出かけて,牛乳を買い求めていた。往復4キロ余りの道を歩いて1時間かけて牛乳を買ってくるのだ。その当番を私も何度か担った。
午前6時に家を出る。小学校の近くを通り,大きな川にかかった橋を渡ると,断層崖の一部を切り開いた長い坂道になる。その坂道を上り切ると,畑が広がり,1軒の農家がある。牛小屋も見える。「おはようございます」とあいさつをすると,農家のおばさんは事情を知っていて,ビンに入れた牛乳を渡してくれる。お礼を言って牛乳を受け取ると,帰路に就いた。
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