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はじめに
名古屋セントラル病院(旧JR東海総合病院,以下,当院)は,東海旅客鉄道株式会社(以下,JR東海)の本社附属機関(人事部所管)として設立された企業立病院です。2006(平成18)年7月に198床全室個室,地域に貢献する急性期病院として名称も新たに新築移転しました。
本誌2月号では,JR東海人事部の伊藤彰彦担当部長が鉄道会社の安全文化について,それにまつわるいくつかの逸話とともに紹介しました*。現在のJR東海の安全文化が,その長い歴史のなかでのたゆまぬ努力の結実であることを知っていただけたらと思います。本稿では,鉄道から病院へ,今,当院がJR東海の安全文化のDNAをどのように受け継ごうとしているのか,その過程を追って紹介します。
私は2006年4月に当院に就職し,病院の安全管理者として約1年間,安全管理指針の改定をはじめ,各種事故防止マニュアルの策定,医療安全研修の企画に携わってきました。この間,伊藤担当部長をはじめとした担当者らとさまざまな議論を重ねました。
その過程で思い出されたのが友人のお父上のことです。私が当院への就職を考えていたとき,友人がそのお父上の話を聞かせてくれました。その方は,旧国鉄を定年まで勤めあげた鉄道マンだったそうです。今年85歳になられるのですが,家の戸締りや信号で横断歩道を渡るときなど,今でも声を出して指差換呼(JRでは「呼称」ではなく「換呼」という)をされるそうです。その大真面目な姿に,友人は「体に染み付いちゃっているのね」と笑いますが,私は,本当に素晴らしいことだと思いました。体で覚え,体が覚えているということでしょう。指差換呼という言葉はそのときに知りました。ちょうどKYT(危険予知訓練)が医療界に紹介されはじめた頃です。
医療の世界で安全がことさら叫ばれるようになったのは,たかだか10余年といわれています。医療(医学)の歴史に比べれば鉄道の歴史は浅いですが,安全文化を継承するDNAは,およそ鉄道にはかなわないことを実感しています。
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