特集 質的研究と研究倫理—研究を育てる倫理の在り方再考
質的研究の倫理を問い直す—画一的なルールを超えて
田代 志門
1
1東北大学大学院文学研究科
pp.429-436
発行日 2024年10月15日
Published Date 2024/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1681202244
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質的研究の危機?
近年,看護系の倫理審査や査読において,質的研究の実施や発表に際して倫理的配慮の名の下に不合理な方針を押し付けられて困っている,という研究者の声を聞くことがある。これには2つの側面がある。1つは以前からあった問題であり,質的研究の方法論に対する理解不足によるものである。例えば,近年実施された全国調査によれば,看護研究者は自身が受けた倫理審査に対して概ね肯定的に評価しているものの,自由記載では,「看護学の方法論,とりわけ質的研究の価値が評価されず,研究の意味を否定されたという不満が多くあった」と指摘されている(大西,中原,箕輪,有江,2023, p.18)。確かに,かつてに比べれば質的研究には独自の合理性があることは理解されるようになってきたものの,いまなお量的研究や実験研究の基準に依拠して批判されることもあるようだ。
しかし今回問題にしたいのは,もう1つの問題である。それは科学的な妥当性だけではなく,倫理的配慮に関しても質的研究の独自性が十分に理解されず,定型化された対応や画一的なルールを押し付けられてしまう,というパターンである。例えば,記述の際に固有名詞をすべて記号に置き換えるよう求められたり,あらゆる研究で定型化された同意書を用いることを求められたりする場合がそれである。手続きやお作法としての研究倫理が確立していくなかで,最近増えつつあるのはこの種の問題であり,本稿の主題もここにある。
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