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はじめに
看護が実践されるとき,そこには個々の個人・家族・組織・地域,および個々の看護職者が存在する。それゆえ,人間としての交流を基盤に専門的な看護が実践され,実践された看護に個人・家族・組織・地域が応答し,その応答に沿って,さらに看護実践が続いていく。すなわち,専門的な看護実践が継続されるとき,専門の領域としての看護学的局面と人間の領域としての哲学的局面の両者が交錯し統合され,看護実践に具現化される。
だからこそ,個々の個人・家族・組織・地域に目を向けても,個々の看護実践に目を向けても,さらには個々の実践者に目を向けても,その1つひとつが固有の特性をもつのであり,それぞれの個別の事例に包摂される多様性と複雑性と,それでもなお存在する共通性に私たち看護職は驚き,それらを見極めることの重要性に気づかされる。
今日の看護学は,多様な研究手法(量的研究,質的研究,混合型研究等)を手にしている。しかしながら,病いとともに生きている人々(people living with illness)の1人ひとりの思いと状況,およびケアを提供している看護職者1人ひとりの思いと状況の現実を描き,その本質を見極め,そこから看護の在り方を問い,思考を深化させることが本当に十分に探究されているだろうか。現代に生きる私たち人間にとって看護とは何か,看護はどのように在ることが求められているかを深く考えようとするとき,私たちは原点に戻ろうとし,その時に求められるのは現実の実践事例の1つひとつであろう。それは,看護学が,1つひとつの“いのち”につながる人間の存在意義や,人としての生き方にアプローチする学問だからである。
事例研究法は,1970年代のわが国の看護学における主たる研究手法の1つであったが,その後の多様な研究手法の発展に伴い,看護学における位置づけが明確にされないままの状況にある。そのような状況の中で慢性看護学の領域では,慢性看護実践における事例研究法についての探究を開始し,事例研究法のプロセス案の開発,事例研究法についての交流会の開催,および事例研究論文作成のサポートなどにより,事例研究法の推進が続けられている(内田ら,2014)。本稿では,慢性看護実践における事例研究法の意義と特性について,まず事例研究法の歴史的経緯から繙き,看護学および看護学教育における事例のもつ意味について考えてみようと思う。
なお,本稿および本特集は,日本慢性看護学会における「慢性看護学の知の発展推進事業報告書」の内容が基盤となっている。
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