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はじめに
「事例という用語と研究という用語に完全な定義を下すことは困難であろう。それは,事例研究とは,事例についての探究のプロセスでもあれば,その研究の産物でもあるからである」と,Stakeは指摘する(Stake,2000/油布訳,2006)。看護学においても,私たちは事例研究という用語を用いてきたが,事例研究とは何であるのか,事例研究をどのように進めることが可能なのか,事例研究と他の研究手法の違いは何か,事例研究で私たちは何を知り得るのか,そして,事例研究は私たちに何を語りかけるのかなど,わからないことに満ちている。
それでもなお,筆者は看護学における事例研究の意義について,いまの時代だからこそ深く洞察し未来につなげる必要があると考える。それは,1970年代に看護学を学び,人々が健やかに生きることにアプローチする実践を基盤にした学問としての看護学を問い続け,事例研究,量的研究,質的研究,そして混合研究法(mixed-methods)などの歴史的変遷をみてきた私たちが省察することのできる事柄だと思うからである。
看護が実践されるとき,そこには個々の個人・家族・組織・地域があり,個々の看護職者がある。そこでは,人間としての交流を基盤に専門的な看護が実践される。実践された看護に個人・家族・組織・地域が応え,その応えに沿って,さらに看護実践が続いていく。それゆえ,専門的な看護実践が連続するとき,そこには,専門の領域としての内容と人間の領域としての内容の両者が交錯するつながりがあり,同時にそれは,技(わざ)と哲学の統合でもある。だからこそ,個々の個人・家族・組織・地域に目を向けても,個々の実践に目を向けても,さらには個々の実践者に目を向けても,その1つひとつが固有の特性をもつのであり,それぞれの個別の事例に包摂される多様性と複雑性と,それでもなお存在する事例間の共通性に私たち看護職者は驚き,それらを見極めることの重要性に気づかされるのである。
今日の私たちは,多様な研究手法を手にしているにもかかわらず,現実における看護実践の成り立ちを見極め,そこから看護のあり方を問い,深く考える“手立て”というものを,見失っているのかもしれない。現代に生きる私たち人間にとって看護とは何であるのか,看護はどのようにあることが求められているのかを深く考えようとするとき,私たちは原点に戻ろうとし,そのときに求めるのはおそらく,現実の事例であろう。それは,看護学がいのちにつながる人間の存在意義や,人としての生き方に接近する学問でもあるからである。
本稿では,事例研究についてどのような経緯を経て現時点に立っているのかを踏まえ,看護学における事例研究の意義について考えてみたいと思う。
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