- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
- サイト内被引用
Ⅰ批判的実在論の基本モデル
はじめに
科学や研究についてはだれでも一定の考えをもっているものだが,改めて「科学とは何か」「研究とは何か」を説明しようとすると,すぐに言葉が出てこないかもしれない。授業でもないとこうした形で問いを立てることもまれであろうし,授業では関心はすぐに研究方法に進むのが一般的であろう。大学院生の場合,学位論文の作成という現実的な課題があるから,研究法の習得に関心が向けられるのはやむを得ない。むしろ,この種の問いかけは研究経験をある程度積んだあとであるとか教える立場になったときに,いったん立ち止まって振り返り自己点検するときが適していると考えてもよいだろう。
一般に科学とは自然科学とその方法を意味し,研究により普遍的知識の獲得を目的とすると考えられている。実証主義に基づき原因を客観的方法で探求し,発見した因果関係をできるだけシンプルな形で法則化する(倹約性の原則)。真理のメカニズムを発見し理論化することで予測を可能とする。近代科学の画期的な成功は多大な恩恵をもたらしてきたから,科学についてのこうした考え方は研究者の間だけでなく一般の人々にも広く共有されている。
他方,科学と技術は恩恵と同時にさまざまな深刻な問題も引き起こしてきたが,それは科学自体の問題ではなくそれを用いる人間の問題であり,科学により解決しうるという考え方になる。こうして科学についての信頼は自明なものとなり,研究するごとに再強化されていくから,特別な機会がないと依って立つ前提について改めて考えることはまずない。前提とは個別の研究を超えて現象や出来事の理解の仕方の特定の枠組みのことで,ものの見方であり,研究上の問いの設定に影響を与えるものである。土台として研究を支える働きと,他の前提とは排他的関係になりやすいという特性をもつ。なぜなら,確かな知識とは何かについての考え方の違いだからである。
ここでいう前提とは通常,認識論と呼ばれているが,「科学」とは平易な表現にすれば,宇宙や自然を含め自分の生きている世界について「知る」ことである。例えば,「方法は問いに勝り,結論にも勝る」という考えと,「問いは方法に勝り,結論も方法に勝る」という考えを対比させたとき,自分はどちらになるであろうか。むろん問いと方法と結論は一体のものであるから,こうした対比には意味がないとする立場もあるかもしれないが,せんじ詰めてみるとどちらかに比重が置かれるであろう。すなわち,内容と方法の関係である。知らないことだらけの中であることを知ろうとし(問い),科学者のコミュニティはその成果の蓄積から,より確かな知識を得ていく。身近なところでも研究テーマには流行りすたりがあるが,科学史の知見(Kuhn, 1970/中山訳,1971)を引き合いに出すまでもなくそれよりも本質的なことは,問いの設定自体はオープンになされるのではなく,実は研究者たちの共通関心によって規定されている(通常科学としてのパラダイム)。「知る」ことと研究は特有の関係にあるのであり,この点は本稿の基底音である。
問いに対して確かな知識を担保できるのは方法であるという立場が自然科学で,方法よりも内容,つまり,問いと結論から確かな知識を求める立場はそれとは異なる認識論になる。あるいは,投稿論文の査読において,数量的であれ質的であれ方法が重点的に審査される傾向も,依って立つ認識論の対比から理解できるであろう。内容と方法は緊張関係にある。そう考えると,自分にとっての研究の意味について自覚的になれる。
Copyright © 2022, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.