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私の研究とこだわり
私自身の論文の中で「これはよかった」と自ら手ごたえを感じた論文を紹介するよう依頼されたが,まず「よかった」の基準は何で,「手ごたえ」とは何だろうと悩んでしまった。他者との関係を無視して,私自身が「よかった」と思っているのは,10数年前に行なった博士論文の研究である(Gregg, 2000)。それは,日本の看護師の職業的アイデンティティを確立するプロセスの研究だった。Glaserのgrounded theoryを用いたが,いま振り返ると,参加観察をもっとメインのデータに使えばよかったと思ったり,カテゴリの抽象度を落とすべきだったと思ったりして,課題の目立つ研究である。それでも私が「よかった」と思っているのは,看護師になりたいと思わずに看護の道を選んだ私自身が,本当の意味で看護師になった研究だと思っているからである。修士論文からずっとこだわって,10数年にわたり実施してきたアイデンティティの研究は,これが最後となった。博士論文とそれを出版した論文が英語であったため,サウジアラビアの学部生,中国の看護師さん,米国の博士の院生など海外から問い合わせが来て,多少なりともディスカッションができたことは「手ごたえ」といえるかもしれない。
私が研究で大切にしていることは,自分の経験との結びつきだと思う。質的研究が好きだからかもしれないが,研究する現象が自分と離れたところにあるのではなく,研究する現象そのものが自分の経験と関係している。それは,私の専門分野が看護教育学だからだろう。研究の意義を考えたときに,自分の経験だけを扱っているわけではないが,研究の問いの出発点になるものが,自分の経験なのだと思う。私は前述の研究を終了した後,科研では新卒看護師に関する研究を10年行なっている。看護にコミットメントできないまま,看護師として働き始めた自分自身の困難と関係しているのかもしれない。私は1つの研究の中で感じたこと,考えたことをもとに,次に研究すべき問いを明らかにしてきた。ゆえに私の場合,研究の問いのもとになった書籍や論文は存在しない。
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