研究室の片隅で・留学生の見たアメリカ・3
論理的思考がもたらす現実把握の盲点
佐伯 千鶴子
,
中西 睦子
pp.407-412
発行日 1985年7月15日
Published Date 1985/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1681200848
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中西 この対談の発端は,私が今とっているコースの1っ,conceptual framework for nursing practice(看護実践の概念的枠組)で書くことになっているペーパーについての問題から出発したわけですが,ペーパーは全部で4つ提出することになっていて,その第1のペーパーが,看護実践のgoalとoutcomeについてなんです。
それは私の中では,思考の最終産物として出てくるものだという認識がありました。ところが,クラスが始まって第3週目にそれを出すということになって,ペーパー自体はともかく提出したんですが,考える筋道が逆じゃないかというのが,私の問題意識としてあったんです。つまり,看護実践のgoalを決めるにあたっては,非常に大きな問題,たとえば健康とは何か,人間とは何か,環境とは何か,さらに看護とは何かといった問題をすべて一通り整理した上で,我々プロフェッショナルが行なう看護のgoalとしてはこうなるんだというふうに,最終的に出てくるものじゃないかと考えていたわけです。
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