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承前と今回の内容
看護研究において,(脱文脈化された)一般的な知以外に,(文脈に応じた)「ケースの知」も重要であることを前回連載で指摘した。この「ケースの知」とは,ケース(事例)についての詳細な記述に基づいた知であり,1つのケースを扱う場合も含まれる〔「ケースの知」の意義については,コラムを参照〕。
ところで,このような「ケースの知」については,その妥当性(validity)が問題になる場合がある。例えば,研究参加者のインタビューに基づいて研究が行なわれるとき,語られた内容が「本当」であるのか,つまり,なんらかの〈現実〉に対応しているかどうかが問われうるのである(Schwandt, 2007, p.309/伊藤,徳川,内田監訳,2009, p.147)。
この問題は,哲学史上でもプラトン以降ずっと論じられている事柄であるが,我々はこの問題を限定して検討する。すなわち,「研究にとっての〈現実〉とはどのような事柄であるのか」ということに焦点を当てるのである。
このような限定には,1つのポイントがある。それは,「そもそも研究とはどのような営みであるのか」ということを経由して〈現実〉を考えるということである。「研究」についての考察は迂路のようにみえるかもしれないが,前世紀後半(特にTh. クーンの「パラダイム論」後の1980年代以降),社会学等から研究について新たな考え方が提起されており,この考え方を踏まえることによって,看護学における諸問題に対する枢要な視座が開かれると考えられるからである。
看護学において量的研究と質的研究はそれぞれ異なるパラダイムを基礎としていると述べられるが,これらのパラダイム(客観主義的な論理実証主義と相対主義的な構成主義)は,今日では研究の基礎としては認められにくくなっている。基礎パラダイムについての問題を,社会学における新たな考え方によって,より包括的に捉えることができ,そこから〈現実〉との関係を考えることができると思われる。
今回はまず,看護研究の基礎パラダイム(特に論理実証主義)の問題を指摘する(第1節)。そして,(これらの基礎パラダイムに代わる)新たな考え方の方向を示す(第2節)。この考え方は,研究を「実行されつつある状態(in action)」において捉えようとする。このことは,遂行中の研究や科学に着目するだけではなく,科学の営みを社会の中で捉え,社会における科学の営みのダイナミクスを明らかにしようとしている。我々はルーマンの科学論を参照しつつ,このダイナミクスを捉える理論的立場を明らかにする(第3節)。なお,ルーマンに基づいた考察は,次回連載にも引き継がれる。
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