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承前と今回の内容
前回(「実践の知について」)の内容はおよそ以下の通りであった。看護研究の目的は,看護実践になんらかの仕方で寄与することである(南,2008,pp.15-16)。看護実践は基本的に患者等のさまざまな状況に依存するのであれば,看護実践に資する中心的な知は,(「他の仕方ではありえない」という)必然的な性格をもつ知ではなくて,「他の仕方でもありうる」思慮(プロネーシス:さまざまな言動の可能性の中から,「よい」言動を選択する知)であると考えられる。
アリストテレスは,「思慮」をうまく遂行するためには,「一般的な知」と「個別的な状況にかかわる知」が必要であると言う。「一般的な知」とは,看護においては,例えばある疾病がどのように進行しうるか等の知識であり,その事象についての全般的な知が含まれる。また,ある症状に対する必要な処置についての知も含まれる。このような処置は,場合によってはほぼ決まっており,それゆえに「法則」のように思われるかもしれないが,この知は看護教育や看護実践の中で習得されてきた知であり,(意識されなかったとしても)特定の処置を行なうことについてなんらかの選択が働いているのである。
他方,「個別的な状況にかかわる知」には,各々の状況についての知以外に,具体的な状況における優れた実践者の言動についての知が含まれる。このような知を手本とすることによって,よりよい思慮ができるようになることが重要であるとアリストテレスは主張するのである。
以上の「一般的な知」と「個別的な状況にかかわる知」を,我々は看護研究にとっての基本的な2つの知の枠組みになると考える。「一般的な知」とは,「共通性の抽出」や「一般的な妥当性」にかかわる知であり,「脱文脈化する知」であると言えるであろう。これに対し,「個別的な状況にかかわる知」は「文脈に即しようとする知」であり,このような性質は,質的研究の基本特徴の1つに該当している(Polit & Beck,2004,p.16/近藤監訳,2010,p.17)。
だが,このような「個別的な状況にかかわる知」は,学知としてどのような性質をもっているのか。このことを考察し明らかにするのが,今回の目的である。
ところで,「個別の状況」とは,広義でのケース(事例)である。したがって,「個別的な状況にかかわる知」とは「ケースの知」であり,いわゆるケース・スタディ(事例研究)の系譜に属している。したがって,今回のテーマは,ケース・スタディの研究上の意義についての考察となるが,ケース・スタディについてはマーケティング研究において独自の成果があるので,それを参照しながら検討する。
今回の内容は,次の通りである。まず,ケース・スタディにおけるさまざまな問題から,「文脈に即しようとする知」に関する問題を確認する(第1節)。続いて,マーケティング(研究)と看護(研究)との接点を示す(第2節)。そして,マーケティング研究の成果にしたがってケース記述へのアプローチの仕方を明らかにする(第3節)。次回において,看護研究におけるいくつかのケース・スタディを概観し,ケースの知の基本的な意義を示す。
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