- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
- サイト内被引用
承前と今回の内容
よい実践を理解し遂行するためには,実践に関する「一般的な知」と「個別的な状況に即した知」が必要であるとアリストテレスは主張する(Aristotle,1950/朴訳,2002)。前者は「脱文脈化的な知」,後者は「文脈に即した知」と言い換えることができるであろう。我々は「文脈に即した知」を「ケースの知」と見なし,前回は「ケースの知」の作成の仕方,つまり「ケース記述」についてマーケティング研究者の石井(2009)の主張を紹介した。
石井は,「ケース記述」を2つに分ける。第1は,「伝統的なケース記述」である。石井によれば「原因と結果の安定した構造」を明らかにしようとすることが,この記述の目的である。このような記述の特徴は,その汎用性(一般性)にある。すなわち,他のケースとの比較参照が容易であるため,類似のケースの概要や全体像は把握できるが,他方,そのケースの独自性を理解することは困難である。
第2は「新しいケース記述」と石井が呼ぶアプローチであり,「他の仕方でもありうる」ように出来事を捉えることがその目的である。このような記述においては,ケースの各々の要素は,他の要素との多様な関係や意味をもつものとして明らかにされる。実践については,「どうしてその実践が選ばれたのか」「選ばれたことで,新たにどのような問題が生まれてきたのか」等が問われる。その結果,実践の当事者の視点からみた〈現実〉の動態(ダイナミクス)や当事者の体験を理解することを通じて,自分自身の問題も顧慮しながら,「深い腹に落ちた理解」を得ることが可能になる。このような記述の仕方は,ギアツの「厚い記述(thick description)」の一例であるだろう(Geertz,2000[1973],pp.5-10/吉田,柳川,中牧,板橋訳,1987,pp.7-16)。
石井の「新しいケース記述」の目的は,マーケティングの不確実な現場における判断やインサイト(洞察)を明らかにすることであり,看護における実践や研究にとって類似点もあれば違いもある。このことを念頭に置きながら,今回はまず看護研究におけるケース・スタディをいくつか概観し,その特徴を明らかにする(第1節)。続いて,ケース・スタディにおける一般化可能性等の問題を検討し,次回の問題を指摘する(第2節)。
Copyright © 2013, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.