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はじめに
ギリシャ神話の神プロメテウスは人間に火を与えたことからゼウスの怒りを受けた。生殖補助医療技術(assisted reproductive technology:ART)も新しい命という火を灯す技術の導入であるところから,神を恐れぬ人間の傲慢と見なされ,プロメテウスの火にたとえられるがごとく,多くの倫理的問題が生じている。
なぜARTが,医療のなかで大きく取り扱われるようになったのかを考えると,わが国が歴史上類を見ない少子化傾向となったことが挙げられる。それは,女性が働くようになったことや,子どもが夫婦や家族という社会を構成する基本単位をつなぐ鎹,とは考えないような生活スタイルに変化した結果なのである。さらに皮肉なことに,結婚と出産年齢が高くなったことに加え,ストレスの多い社会の影響を受けて,男女ともにその生殖能力の低下が認められるところから,これまで自然の摂理に従っていた妊娠出産という人間の営みに,生殖医療という人為的な行為が色濃く加わるようになった。
そのような背景があることを知りながらも,なぜARTがこれほど急速かつ広範囲に広がったのかを考えてみると,受胎着床という生命誕生の神秘に惹かれた科学者としての学問的興味が基礎にあって,さらにその成果を臨床に生かして,不妊に悩む女性と家族に手を差し伸べたい,という医療者の職業意識がある。巷で言われるような,2005年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数)が1.29と未曽有の少子化傾向となっていることに対する社会的必要性から,ARTは妊孕性を高めるために発展した医療であると考えるのは,後付けの理由と考える。
この連載で前回取り上げた,小さな未熟児が助かるようになった周産期医療の進歩と相まって,生殖医療(reproductive medicine)の進歩も目覚ましく,今まで望めなかった新しい命の誕生が可能となった。しかし他の医療分野では,その進歩によって今まで助からなかった疾患が治癒されるという結果で終わるが,ART導入による妊娠出産では,新しい技術で生まれた子どもをめぐって,「親とは」「家族とは」といった多くの倫理的考察が必要になってきたところから,本項では医療技術の進歩としてのARTの医学的な側面は紹介程度にとどめ,ARTがもたらす倫理的問題を解説する。
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