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はじめに
わが国は先進国といわれていますが,先進国を実感できることは何でしょう? 産業が発達し,工業技術水準が高いことや,それがもたらす利益で資本力が大きいことでしょうか?
先進国の証として,その国に暮らす人々がそれを実感できるのは生活の水準が高いことだと思います。生活水準の本当の高さを指すもの,それは衛生的な生活環境が整備されていること,とくに医療技術・治療技術が進んでいることです。実際,先進諸国ではよほど特殊な病気でないかぎり命を落とすことは少なく,事故などの傷害における救命率も高いといえます。救える命さえ救えない国がいまだにたくさん存在するという現状において,日本の医療は高度な水準にあり,とても恵まれていると思います。また,この高度医療は命を救うということだけでなく,国民の長寿をもたらしました。先進国と呼ばれる国のほとんどはすでに高齢化社会を迎えています。
医療技術が進み長寿が可能になることは歓迎されることですが,それに伴う社会機構も同時に改革・進化しなければ,手放しに喜ぶことはできません。ことにわが国の高齢化(老齢化)は著しく,高齢者比率が急激に高まってきています。すぐにでも社会システム自体を抜本的に考え直さないと,近い将来高齢者を支える社会資源は底をつき,公共福祉は財源問題に端を発して破綻していくことは間違いありません。最近の報道も年金問題や介護問題など,高齢者にとってよいニュースはほとんどありません。
この数年,筆者の施設を訪れる高齢者のメンタル障害のなかには,日々この社会保障システムの崩壊により,生活できなくなるのではないかということを原因として不安を抱き,メンタル障害へと発展したケースが見られるようになってきています。そして今後,このようなケースがさらに増える懸念があります。迅速な社会制度改革に期待したいところです。
さて,高齢者のメンタル障害としてもっと深刻な問題があります。それは機能低下によるものですが,老年期での機能低下で一番問題となるのは脳機能の低下です。人間の機能には,個体差はありますが,生物であるかぎり永久に保たれる機能などは存在せず,必ず機能低下が起こります。代表的な脳機能低下に,記銘力や理解力などの認知機能の低下,視力や聴力などの感覚器機能の低下,脳梗塞やパーキンソン病などによる運動機能障害があります。
近年,予防医学が進み,できるかぎり老年期を健康に幸せに生活するための健康増進と病気予防の啓発が始まり,それに取り組む意識も高まりつつありますが,現在の科学をもってしても,どんな策を講じても回避できない障害があるのです。その老年期の障害の代表が認知症です。最近の研究で病因が解明される糸口は見つかったものの,根治療法による完治は今のところまだ難しいと考えられています。ただ,対症療法ではありますが,少し前には治療薬さえなかったアルツハイマー型認知症の進行を緩徐にする薬剤が開発され,治療に用いられています。
このほかにも,老年期になって発症率が急激に上がるパーキンソン病の治療においてさまざまな作用機序の治療薬が開発され臨床に用いられ,その有用性が実証されています。今後も老年期の機能低下を改善するためのさらなる治療法や治療薬の開発が待ち望まれるところです。
今回のclinical conferenceは,認知症とパーキンソン病に随伴する病的体験が見られた2ケースを提示します。その2ケースに共通する点は「せん妄」です。せん妄状態において,随伴する症状として幻覚や妄想などの病的体験を呈したケースは非常に多いのです。これらは新しい治療法が確立されないかぎり,今後老齢人口が増加すれば,確実に経験する確率が高まる症例ですから,これらについての知識と対応をしっかりと習得してください。
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