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はじめに
現在,世界的に標準化される精神医学の診断基準は,米国の精神医学会が定めた診断基準であるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)になりつつあります。このDSMは,確かに非常に多くの場面で使われてきましたし,現在でも広く利用されていて精神医学の発展に寄与したところも大きいと思われます。しかしながら,この診断基準だけでは臨床現場でしばしば問題が生じます。それはこの診断基準が出来上がった背景にあります。
精神疾患の研究においては,その対象となる精神疾患が高い精度で診断されることで,対象内にバイアスがかからず,研究結果の信頼性や原因(病因)などを検討しやすくなります。それがこの診断基準を設ける最大の狙いであったのですが,このことを念頭に置かずに臨床の現場でそれだけを用いることで混乱が生じるのです。つまり,非常にまれな症例や,基準とされている症状と完全に合致しない症例などは,「どこにも分類されないその他の障害」という“ゴミ箱”的分類扱いにされてしまいかねません。さらに,DSMについては,前書きの注意のなかにもあるように,精神医学の臨床経験や研修を受けたものが使用することを前提に作成されたので,いわゆる“素人”が使うべきでないとされています。しかし,情報氾濫による想定外利用も多いのです。
最近実際に経験したことですが,「私はDSMでいう大うつ病の初回エピソードと思うのですが…」(本当のうつの患者がいろんな診断基準を調べるエネルギーなんてありえません!)と,初診で患者が自らを診断して受診してきたときには驚きました。
最近,適切でない診断基準の運用が原因と思われる,診断がつかないケースや,受診した医療機関でそれぞれ診断が違うことで困っているといった相談を受けることが非常に多くなりました。
このような経験から,今回2つの病的体験を伴う症例を取り上げました。それぞれ,どちらかといえば少ない症例ですが,決して稀ではないにもかかわらず,先のDSMで診断するとうまく診断できない病的体験を有する精神疾患です。
ひとつは非定型精神病で,診断医によって双極性障害とされたり統合失調症と言われたりと診断が大きく変わります。もう1つはパラフレニーです。最近老年期になって起こる遅発性パラフレニーがよくみられ,介護の現場でも非常に問題とされ,これからさまざまな新しい知見が集積されていくかもしれません。各々の疾患について,まず,概説しておきましょう。
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