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はじめに
欧州,とくにドイツやフランスにおいて医学の1つの領域として古典的な精神医学の体系が築かれたのは1850年代になってからです。それまで精神疾患は,その行動や思考が“不可解”であるというだけで忌み嫌われ,差別的で不遇な扱いを受けていたことからすれば,“病気”であるという考えが出てきただけでも革新的であったと思われます。
当時グリージンガーという精神医学者がすでに「精神病の原因は脳である」と記していたのですが,現在のような科学技術がない時代では,原因がわかったとしてもどうしようもなかったのです。現代のように治療薬が豊富にある精神科の臨床現場においても,症状をコントロールできない,治療に満足してもらえないということでつらい思いをすることがあります。病気であるということがわかっても,治療方法もなく,症状をコントロールすることがまったくできなかったその当時の精神科医は,随分と歯がゆい思いをしたことでしょう。
その後,19世紀末に皆さんよくご存知のクレペリンやシュナイダーといった精神医学者が近代医学の一分野として確立させました。とくに20世紀に入ってからは,ブロイラー,フロイト,ユングなど,現代でも有名な精神医学者による疾患分類や精神分析が始まりました。
精神疾患のなかでも,慢性的に進行する疾患として最初にその病態がつぶさにまとめられ,体系化されたのは統合失調症(当時は早発痴呆と呼ばれ,のちに精神分裂病と表記されました)でした。現在ではWHOの統計調査で,全世界には約2400万人の統合失調症患者がいるとされ,日本では約73万人が罹患しているという報告がありますが,実際にはこの統計の数字以上の罹患者がいると推測されます。とくに未治療の統合失調症者がどれほどいるのかという統計はあくまで統計上の計算に過ぎず,非常にあいまいです。
公的機関で保健サービスに関わる方々がこの未治療の統合失調症者をサポートする必要に迫られる可能性は,とくに高いと思われます。上手く治療に結びつけるのは非常に難しいということで,相談を受けることも少なくありません。
今回のclinical conferenceでは,病的体験を有する精神疾患のなかでも代表的な,統合失調症について2ケース取り上げます。本連載の各論ではこの疾患の症状や病態などについて触れなかったので,次項で簡単に説明しておきましょう。
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