新カリキュラム講座 一般教養課目・2
美学編Ⅰ
井村 陽一
1
1早稲田大学
pp.38-41
発行日 1967年4月1日
Published Date 1967/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663905800
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Ⅰ 美学の概念
まえがき
〈美学〉という言葉そのものが瞹眛で矛盾に満ちているように思われる。これが数学とか,天文学とか,動物学とか,あるいは経済学とか,心理学とか,論理学とかいうのであったら,おのづから学問の対象も方法も比較的容易に推し測れるのである。しかしあの微妙で繊細で捉えがたい〈美〉が,一体こちたき学問の対象として分析計量されうるものであろうか。「美は永遠なり」という言葉がそもそも現実の美の傷つきやすさ,果敢なさを示しているのではなかろうか。美しさはそれを深く感じとり,じっと味わえばそれで十分なのではないだろうか。それを敢えて〈美学〉とはどういうことなのか。—これは美学に携るものの常に念頭をはなれない自己反省なのである。
それにしても古今の偉大な哲学者の多くが最後に書いたものがかれの美学であり,またプラトンやヘーゲルの例をあげるまでもなく,美学がしばしばその哲学者の学問・思想への入門になっている事実をどう解すべきであろうか。それは一面には美というものの根本の性質によるのであるが,反面には哲学者が自己の学問的方法を確立し,十分に円熟させた時にはじめて取りかかれる主題であるともいえるのである。けだし美と,学問の方法と個人的な体験の蓄積とがうらはらであっては最も捉えにくい対象であるといえよう。
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