臨床に資する看護研究―私の研究指導 第1部 学生に対する私の研究指導
【論文】学生―患者関係における転移の分析―自己及び対象理解のプロセス
野川 智子
pp.908-914
発行日 1998年11月30日
Published Date 1998/11/30
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663901948
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はじめに
この研究は,偶然同じ時期に読んだ2冊の本の中にあった,「逆転移」という言葉に興味を持ったことから始まった.それらは,三島由紀夫の『音楽』1)と福島章の『彼女は,なぜ人を殺したか―精神鑑定医の証言』2)である.三島由紀夫の『音楽』は,精神分析医が冷感症の女性を治療していく過程を描いた小説である.三島は精神分析理論に精通しており,小説とはいえ,その解釈理論に基づいたものとなっている.精神科医である福島章の『彼女は,なぜ人を殺したか』は,殺人罪で死刑判決を受けた女性を実際に筆者自身が精神鑑定した過程を,小説にしたものである.女性死刑囚の事件経過や生い立ちなどの外形的な事実が書き換えられているなどフィクションを含んではいるが,精神鑑定という人間関係の中で起こる心理の動きをあるがままに描き出すという目的が達成されている.双方とも,医師が患者に対して思い入れを深くしていることに気づいたとき,「逆転移」という表現でそれを自覚している.最も興味深かったのは,『彼女は,なぜ人を殺したか』の中で鑑定助手として女性死刑囚と数回の面接を行なっていた女子大生が,はじめから抵抗なく関係を作り,次第に自分をその死刑囚に同一化させていく様子を,筆者自身である主人公が「陽性転移」と解釈している場面であった.このとき私は精神科病棟での実習で,患者に対して理想的な母親像を見出していたことを思い出したのだった.
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