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私は,看護師としてだけではなく人間対人間として「誠実であること」「患者とその家族に寄り添う看護」を大切にしたいと考え,実習に臨んできた。「誠実であること」ということに関しては臨床に出てからも自分のなかの柱をしっかりともち続けることで可能であると思う。けれども,「患者とその家族に寄り添う看護」ということに関しては,学生の間は受け持ち患者が1人のため十分なかかわりを持てるが,看護師として多忙な業務を行うなかで,複数の患者を受け持ち,1人ひとりの患者各々に寄り添うのは不可能なのではないか,という思いもあった。しかし,統合看護実習において,その思いが変わる出来事があった。
実習3日目,自分の受け持ち患者ではなかったが,その日の指導担当看護師の受け持ちのなかに,末期癌で翌日ホスピスへ転院するA氏がいた。以前から,A氏が看護師に対していろいろと要求を出し,自身の要求が通らないと怒りを表出していると申し送りで聞いていたため,私は難しい患者さんなのかな,学生の私が一緒に行っても大丈夫なのかな,と少し不安を感じていた。朝の申し送りにて担当看護師から,A氏が,ホスピスに転院する前に,もともといた病室に移りたいと言っていること,病院内を最後に散歩したいと言っていることが伝えられ,手の空いているスタッフにその都度手伝ってほしい,という依頼があった。A氏はADL全介助であり,臥床の状態でしか移動ができず,また,長期間に及ぶ治療の副作用により嘔気,倦怠感が強く,骨折のリスクも高いため,車椅子に移乗するにも看護師6人掛かりであった。実習病棟は,泌尿器科,婦人科,小児科の混合病棟で夜間の救急の受け入れも行っている病棟だったことから,私は申し送りを聞きながら,こんな忙しい病棟で,患者の要望に寄り添って応えることができるのだろうか。病室の移動をして,更に散歩なんて可能なのだろうか,と疑問を感じていた。しかし,担当看護師がA氏以外の患者のケアを終え,「Aさん今からお散歩に行きますので,お手空きの方はお願いします」「Aさんのお部屋の移動をお願いします」と声をかけると,ケアの合間を縫って,同じチームの看護師だけでなく,他チームの看護師や師長も駆けつけ,A氏に声をかけながら介助を行っていた。散歩と病室の移動を終えたA氏は,担当看護師の手を握り締め,涙を流しながら「本当にありがとう。本当にうれしかった」と何度もお礼を述べていた。A氏の家族も,「最後までわがままばかり言って,本当にすみません。でも,(A氏が)すごくうれしそうで良かった」と話していた。看護師は皆,笑顔でゆったりと介助しており,急性期病棟でありながら,ホスピスにいるような,ゆったりとした穏やかな時間が流れていた。私はこのとき,病室の空気が一体感をまとっているような感覚を覚え,患者に寄り添う看護とは,正にこういうことをいうのだと衝撃を受けた。そして,モヤモヤとしていた頭のなかの霧がスッキリと晴れていくような感じがした。
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