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不安の虫
ここ数年,仕事に絡む場面で通常の謝罪でよい範囲の失敗*1を許せない人が増えたように思います。勤労者のメンタルヘルス研究でフィールドに出ていたときも,現場で一スタッフとして働くようになった今も*2,残念ながらこの印象は変わりません。覆す事例に出合わないのです。社会全体に余裕がなくなったのでしょうか。多くの職場が,ぎりぎりの人数でめいっぱい業績を上げようと必死です。余裕のない状況では,失敗に対して大らかになれません。同様の価値観を日々まわりの人と共有していれば,いつのまにかそれが社会全体の常識と捉えてしまいがち。いざ自分が客の立場になったとき,サービス提供者のちょっとしたミスにキレる大人が増えているようですが,それには,職場という名の“大人の学校”で培われた共通の認識が一役買っているのかもしれません。
失敗が許されない風潮を創りあげた立役者が誰なのかはさておき,そのような状況では,失敗体験が耐えがたいものになってしまうこともしばしばです。なかには,その体験を経た後に不安の虫にとり憑かれてしまう人も……。背後にとり憑いた不安の虫は,手痛い失敗を思い出させる生活場面でひょっこり顔を出し,時に,その人がもともともっていた自信や生活力まで食べ尽くしてしまいます。「失敗は成功のもとって言うじゃない」。子どもの頃から耳に慣れたことわざが,まるで死語のよう。「どうして人格否定までいっちゃうのかなぁ……」。大きな不安の虫に喰われ,人生に躓いたと悩んで子どものように小さくなっている大人に向き合いながら,ふと,心の鏡に何か映っていることに気づきます。そこには,失敗したときの自分とともに,失敗や不安に悩む学生を励ましてきた歴史も映り込んでいるのでした。
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