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はじめに
「だめねぇ…年をとると。全然覚えてなくて…私だんだん呆けていくのがわかるのよ」これは私が老人看護学実習で受け持たせていただいたOさんの言葉である。皆さんならこの言葉に対してどのように反応するだろうか。
実習前半のある日,私はOさんにこれまでの生活について話をうかがっていた。「Oさんはご家族の方とよくお話しされるのですか?」と私が尋ねると,Oさんは「うーん,どうだったかしら…」と答えに悩んでいる様子だった。私は少しでも答えやすいようにと思い,「Oさんはお孫さんと一緒に暮らしてるんですよね。お孫さんとお話しされることは多いんですか?」と聞いた。するとOさんは,「だめねぇ,全然覚えてなくて…私だんだん呆けていくのがわかるのよ」と呟き,最後には外見から痴呆であるとわかる利用者さんが私たちのそばを通ったのを見て,「私もあんなふうになるのかしら…」と涙を流された。私はそのOさんの言葉と涙に動揺してしまい,「そんなことないですよ。Oさんはしっかりしていますよ」と返すのが精一杯であった。Oさんは,「いや,そんなことない。私自分でわかるんです…」と悲痛な様子が続いた。
人が老いるとはどのようなことだろう。人は老いるということをどのような時に感じるのだろう。私はこれまで祖父母をはじめ高齢者の方と過ごすことが少なからずあったが,このことを深く考えたことがなかったし,また自分が年をとってお婆さんになることなど想像することもなかったように思う。それは,現在の私が5年後,10年後の自分の姿をなんとなく近い将来のこととして想像できるにしても,50年以上先のこと,つまり老いるということは,まだまだ自分には関係がないと思っているという背景があったのだろうと思う。
実習の中で,私はOさんの老いに対する悲観的な思いにどう反応すればいいのか困惑したが,関わりを通して高齢者の持つ可能性を発見し,老いるとはどういう意味を持つことなのかを考えるきっかけとなった。
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