- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- サイト内被引用
はじめに
筆者が勤務していた鳥取県立赤碕高等学校は,少子化などの時代の大きな流れに飲み込まれて,本年3月で閉校した。しかし,10年前から全国の高校に先駆けて,保健体育科の授業として継続的に人間関係作りを学ぶ「コミュニケーション授業(人間関係体験学習)」を実践して注目を集めてきた。コミュニケーション能力向上を支援する「気づきの体験学習」と,乳幼児や高齢者との継続的な交流をセットにした体験学習だ。異世代の乳幼児や高齢者と1対1という逃げ場のない中で,どう関係を築いていくか,相手の心に思いを寄せ行動しないと成り立たない授業だ。
授業の核である継続的な異世代交流では,自分から心を開いて関わりをもつことで,パートナーの乳幼児や高齢者から喜ばれることを肌で感じとり,「先生!私みたいな者でも役に立っているんだよね」と交流のたびに生徒たちがつぶやく。その感覚を,私たちは「役立ち感」と名づけた。そばにいる人から繰り返し「思いやりを受けた」という体験を刷り込まれることで,自己肯定感が芽生え,生徒たちは,自分を認め自分を好きになり,他人にも温かいまなざしを向けられるようになる。
今の日本の子どもたちにとって,「役立ち感」を実感し「自己肯定感」を育み,役に立つ自分の存在を確信したり,生きていてうれしいと実感することは,最優先課題として育ててやらねばならないことだ。生きる希望や目的をはじめ,学習意欲,勤労意欲も,「役立ち感」「自己肯定感」を経た「他者への肯定感」なしには生まれてこない。子どもたちは「自分を大切にしてほしい」「自分を認めてほしい」と望んでいるが,それを五感で実感できない子どもたちは,自分への信頼感も育たない悲惨な状態だ。自己肯定感の育たない子どもたちは,集団の中で素直に自分を表現できず苦しむ。今日の不登校や引きこもり,いじめ,自分勝手な振る舞い,学級崩壊,少年事件などはその結果ではないか。
さて,医療事故や医療説明をめぐる患者とのトラブル増加で,医師の人間性・人間関係教育を求める声が全国的に高まっている。その中で,高校での9年間の実践を生かし,今春から鳥取大学医学部で,患者の心に寄り添い,患者本位の医療行為ができる人間性豊かな医師の養成のために,コミュニケーション授業で医学生と向き合うことになった。
Copyright © 2005, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.