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人間としての病人をどうとらえるか
杉本 照子
1
1関西学院大学
pp.25-28
発行日 1963年6月1日
Published Date 1963/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911947
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今日の米国では,あまりに近代化,合理化された病院が病人を人間として把握できず,医療の対象となっているのは病気にかかった眼であり,炎症を起こした胃であり,骨折した足であるといわれている。近年のライフ誌にも医者のスペシャリゼーションの発達からくる診療をガリバーの旅行記にたとえて,医療に従事する者を小人島の小人とし,巨人ガリバーの足を眺める者,眼をのぞきこむ者,またはお腹の上に立つ者などを描写しその身体の一部をもってしてガリバーだと考えていると風刺している。つまり一個の人間としての全体の把握に欠けるというわけである。
しかし,このたび筆者が3年ぶりにアメリカから帰国してみて,日本の病人にきくところでは,やはり「日本の大病院は冷たい」という批判である。人間同士の暖かいつながりと関心に病院が欠けるということである。そして看護婦数の不足と日本医療制度の欠陥からくる過剰診療の現状がこの批判に拍車をかける結果にならないとはいえないであろう。
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